2024年7月2日火曜日

この世(物質界)とあの世(霊界)の関係!

 

この世は、あの世から生まれた

物質界は、霊界から生まれたのです。つまり、この世の生ではなく、あの世の生が本質なのです。この世での肉体の死は、魂(心)の死とは関係ありません。だから、この世で身体が死んでも、心や精神・感情はあの世で生き続けるのです。つまり、この世の死は恐れるべきものではありません。

ただし、死に至る過程で肉体・精神的な苦しみを経験することが多い。しかし、死そのものは人間に苦痛を与えるものではないのです。

これは、何千年にもわたって人間が感じたことです。そこから、宗教や神話、伝説、言い伝えが生まれたのです。死後の世界を感じる人間の直感は、正しいのです。

全ての民族で霊界、死後の生、神の世界を認める神話がある。そして、現代の科学をもってしても死後の生は科学的に否定できない。また、スエーデンボルグを始めとして、何人にもの近代人、現代人が生きたまま、霊界を見ている。死後について、多くの著作が著されている。不完全なものや、作り話もあるが、真実なものも多い。ただし、霊界(あの世)は物質界(この世)より広大であり、人によってその霊界報告が異なるのは当然です。

そもそも、科学では人間の心・精神とは何かを説明も、証明もできない。また、宇宙の始まり、宇宙以前の世界についても科学は十分に説明・証明ができない。しかし、物質界は霊界から生まれたことを仮定すれば、全てが説明できるのです。

あの世の存在は、世界の主流、キリスト教でも当然のこととされている。日本の仏教・神道でも霊界の存在は当然とされている。ほとんど誰も見たことはないのに、水の分子は酸素と水素からできているのを信じるように、この世は霊的エネルギーから生まれたことを信じるべきなのです。ただし、この世の科学は物質界でしか通用しない。あの世の科学・法則はまだ人間には理解されていない。しかし、現代科学の最先端の問題は霊界や霊的エネルギーを認めることで解決する。霊的エネルギーは、物質的エネルギーに優越するのです。

同様に、霊界(あの世)は、物質界(この世)に優先するのです。

この世は石器時代の世界のようなものであり、あの世で進んだ生活を送った人間は、わざわざ石器時代のようなこの世に戻って来たいとは思わないのです。ただし、霊界から前世の記憶を消して、再び物質界に生まれるものもいる。イエス・キリストは「霊がどこからどこに行くのかは誰にも分からない」と述べている。輪廻転生はあってもおかしくない。

しかし、この世は泥水の沼のようなものです。あの世の清水の流れる爽やかで明るい河川で泳いだ者は、この世の泥水には帰ろうとしない。さらに、その幸福感を与える輝く河川は、天界・天国・極楽と言う無限の広がりをもつ至福の大海原に通じる。そのような霊界に入った者は誰も返って来ない。これが真実です。誰も、清流から泥沼に帰ろうとはしない。

聖書の正しい解釈では、神様が霊界のエネルギーを使って物質界を作った。霊界から物質界の宇宙が生まれたのです。そのとき、神様は想念と言葉で霊的エネルギーを動かしで物質界の時間と空間とエネルギーを作ったのです。さらに、霊界の霊を物質界に送り込み、人間の脳では霊界の霊から魂を作り、人間の心を発生させた。植物や動物には人間のような魂や心はないが、霊界から精霊が入っている。霊同士は交流できるので、人間と動植物も感応し会うことができる。

神様が霊的エネルギーでこの世を作ったので、今でもこの世で霊的エネルギーは働く。このエネルギーを使える人間が超常現象を起こせる。イエス・キリストもそのようにして奇跡を起こしたのです。スプーン曲げは手品でもできるが、霊能力でも可能なのです。

霊界に生きている死者の霊も、霊的エネルギーを通して、生きている人間(霊媒)の霊とつながることもある。信仰者は、祈りのような特殊な精神状態で、霊界の大霊とつながる。心霊治療家も、特殊な霊的状態で霊界の医師とつながって人間を治癒できる。特定の精神状態や霊的状態にある人間は霊的エネルギーを通して死者の霊とつながる。その能力の高い者が宗教の教祖になることもある。ただし、教祖になっても金銭欲を出せば、その霊能力が失われるのが普通です。

つまり、この世は霊界から生まれたのであり、人間の心の基盤の魂の本来の姿は霊界の霊なのです。イエス・キリストは「神は霊であるから、人間も霊として神を崇拝しなければならない」と述べている。本物の世界は霊界であり、この世は霊界から派生した影の世界なのです。だから、死を恐れることはない。霊的な奇跡はこの世でも生じる。

ただし、物質文明は人間に物質的利便性、快楽性、快感を与え、人間は物質的になり(泥水に慣れ)、精神的、霊的な清さ、神性さ、神様への崇拝の念(清水の清さ)を失ったのです。だから、物質的幸福を求めて「カネを得ようとしてはならない」、とイエス・キリストは教えているのです。富裕層やエリートは霊的能力を失っているのです。

人間本来の霊性を取り戻すには、難解な仏典や祝詞、真言ではなく、分かり易い言葉で書かれた聖書を読むのが一番です。

その聖書の核心は、この世は、あの世から生まれたということであり、物欲は霊能力を曇らせるということであり、人間の心(魂、霊)は、死後、霊界で生き続けるということです。

霊界では、肉体的、精神的な苦しみはなくなります。貧困、病気、人間関係、社会制度による苦しみ、各種の劣等感もなくなります。この世は、まさに仮の世であり、真実の世界は霊の世界なのです(つまり、神様は霊界からこの世を作った)。死後の世界(霊の世界)を恐れることなく、この世では神様を信じて生きて行くべきです・・・