日本国大統領府(仮)
2026年7月5日日曜日
「けがれた霊よ、この人から出て行け」 (マルコによる福音書 第 5 章) (“Come out of this man, you impure spirit!”)
3 この人は墓場をすみかとしており、もはやだれも、鎖でさえも彼をつなぎとめて置けなかった。
4 彼はたびたび足かせや鎖でつながれたが、鎖を引きちぎり、足かせを砕くので、だれも彼を押えつけることができなかったからである。
5 そして、夜昼たえまなく墓場や山で叫びつづけて、石で自分のからだを傷つけていた。
6 ところが、この人がイエスを遠くから見て、走り寄って拝し、
7 大声で叫んで言った、「いと高き神の子イエスよ、あなたはわたしとなんの係わりがあるのです。神に誓ってお願いします。どうぞ、わたしを苦しめないでください」。
8 それは、イエスが、「けがれた霊よ、この人から出て行け」と言われたからである。
9 また彼に、「なんという名前か」と尋ねられると、「レギオンと言います。大ぜいなのですから」と答えた。
10 そして、自分たちをこの土地から追い出さないようにと、しきりに願いつづけた。
11 さて、そこの山の中腹に、豚の大群が飼ってあった。
12 霊はイエスに願って言った、「わたしどもを、豚にはいらせてください。その中へ送ってください」。
13 イエスがお許しになったので、けがれた霊どもは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れは二千匹ばかりであったが、がけから海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった。(マルコによる福音書 第 5 章)
2 When Jesus got out of the boat, a man with an impure spirit came from the tombs to meet him. 3 This man lived in the tombs, and no one could bind him anymore, not even with a chain. 4 For he had often been chained hand and foot, but he tore the chains apart and broke the irons on his feet. No one was strong enough to subdue him. 5 Night and day among the tombs and in the hills he would cry out and cut himself with stones.
6 When he saw Jesus from a distance, he ran and fell on his knees in front of him. 7 He shouted at the top of his voice, “What do you want with me, Jesus, Son of the Most High God? In God’s name don’t torture me!” 8 For Jesus had said to him, “Come out of this man, you impure spirit!”
9 Then Jesus asked him, “What is your name?”
“My name is Legion,” he replied, “for we are many.” 10 And he begged Jesus again and again not to send them out of the area.
11 A large herd of pigs was feeding on the nearby hillside. 12 The demons begged Jesus, “Send us among the pigs; allow us to go into them.” 13 He gave them permission, and the impure spirits came out and went into the pigs. The herd, about two thousand in number, rushed down the steep bank into the lake and were drowned.
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これは、「けがれた霊どもは出て行って、豚の中へはいり込んだ。すると、その群れは二千匹ばかりであったが、がけから海へなだれを打って駆け下り、海の中でおぼれ死んでしまった」という劇的な、イエス・キリストによる悪魔祓いの情景であり、悪魔・悪霊が2千匹の豚の中に入って、崖から海へとなだれ落ちたという話しです。
悪魔・悪霊は人の心だけでなく、動物の心にも入り込むのです。イエスは、悪魔・悪霊を人間の心から追い出し、豚の心の中に移し替えることが出来たのです。
このように、悪魔・悪霊に取り付かれる人は、「迷信」を信じる人が多かった古代にはよく見られた。霊的な現象を素直に信じる人が多かった古代には、そのような人は霊の侵入も素直に受け入れる状態になっていて、いつのまにか、彼らの心が悪魔や悪霊に支配されることが多かった。
日本でも、古代から呪術が行われており、イエスのように悪魔祓いや、悪霊の追放を行う霊的な術者や宗教人、修行者、行者と呼ばれる人がいた。時代が進み、それは見えない悪霊の仕業ではなく、精神的な病や錯乱が原因だと医学的に判断されて、「迷信」が社会から無くなると、悪魔付きという現象は見られなくなった。又は、科学の発展により、目に見え実証できる因果関係に原因の追究が行われ、悪魔付きの現象は社会の表面から隠されるようになった。(ただし、今でも悪魔祓いはカトリックなどのキリスト教会で行われている。)
これは、全ての霊的な問題に対する考え方に影響を与え、科学的に実証できなものは、単なる気のせいだとか、古い考え方だと判断され、霊的な存在が無視されるようになったことに通じる。
しかし、人々の間に霊は存在するとの伝統的な考え方は残っており、学校では教えないが、現実に霊的な体験をする人は後を絶たない。そこで、現代科学では教えない霊的な問題を扱う霊能者が密かに認められている。(日本の天皇の最も重要な仕事は皇居内の社で神道の祈りを捧げることだとされている。)
最近の日本でも、故・宜保愛子などの霊能者がテレビで脚光を浴びたり、霊的体験を小説に書いたりした故・佐藤愛子などの本がよく読まれたり、霊的現象を超常現象として報告するテレビ番組に出演する人もいる。また、霊の力を借りて心霊治療を行う人も世界では報告されている。
ただし、科学では霊的な存在は扱えず、学校などで扱うことはないし、特に医学ではそれは人間の特殊な心理状態だとされて、精神医学や心理学の問題(超心理学)とされ、文化的には古い迷信だとされ、宗教上の別世界の問題だとされたり、芸術上の霊感などの合理性の通じない問題とされている。
しかし、全ての宗教は霊的な存在を認めており、不思議な出来事は存在すると考える人も多い。科学万能という考えには、限界があることを素直に認める人もいる。(ニュートンもアインシュタインも科学の限界を認めている。)
最近では、東大病院の医師だった矢作直樹は、自分の霊的体験を通して霊の存在や死後の霊界の存在を信じて著作に発表している。また、UFO研究家の矢追純一も超常現象を追求して、超能力や霊的な力の存在を信じている。テレビでは、霊能者が出演する番組が高い人気を誇ったこともある。(ユリ・ゲラーのスプーン曲げも霊能力の一種だとされている。)
しかし、社会の公の場で、霊的な問題が議論されることはない。人が死ねば無になり、霊界は創造の産物だという考えが主流です。それでも、宗教を求める人は多く、霊的な認識は社会の底流で生きている。
その代表的なものが、キリスト教なのです。天国を認めないキリスト教の教会はない。死後の世界を認めない聖職者はいない。そして、キリスト教の聖書では、イエス・キリストの霊的な言葉が記載されている。また、仏教もブッダ(お釈迦様)の霊能力を認めた上で成立しており、極楽・地獄を認めない僧侶はいない。また、神道も神霊を祀る神社を廃止するようなことはない。そして、日本の文化自体が、茶道や華道、ナントカ道などという精神的な価値を重んじ、精神の根本である霊性を尊重している。これらを総体として、日本の霊性という(鈴木大拙の著書が有名)。つまり、西欧の科学を尊重する公の世界では、霊的問題は非科学的だとして無視されているが、一般の人々の間には、霊を認める文化がある。しかし、西欧の科学も、西欧のキリスト教文化から生まれたものであり、キリスト教は霊を認める宗教なのです。
霊の文化から生まれた科学では、霊を否定するという現象が、欧米文化が支配する世界で見られるという矛盾が世界的に見られる。これが、現在の物質文明の実態です。実際、カネはモノを得るための手段であり、精神的価値も経済的な価値に変えられて売り買いされる。宗教の書物(聖書や仏典など)も、値段がついている。宗教団体も金銭勘定ができなければ成り立たない。
それでも、キリスト教の聖書には、イエス・キリストが、霊的な存在の聖霊・天使や悪魔などを扱った言葉が記述されている。
キリスト教とは、本来、霊を扱う宗教であり、それは仏教や神道でも変わらない。また、キリスト教の聖書、特に福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書)はイエス・キリストの霊的な生き方を記したものなのです。
そして、この世は大宇宙も含めて神様が霊的な力で創造されたものであり、人間界にも霊的な力が及び、さらには、人間の死後の霊界も神様が作られたものだということを信じるのが、霊的なキリスト教なのです。
2026年7月4日土曜日
「肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である」 (ヨハネによる福音書 第 3 章) (Flesh gives birth to flesh, but the Spirit gives birth to spirit.)
6 肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。
7 あなたがたは新しく生れなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。
8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生れる者もみな、それと同じである」。
9 ニコデモはイエスに答えて言った、「どうして、そんなことがあり得ましょうか」。
10 イエスは彼に答えて言われた、「あなたはイスラエルの教師でありながら、これぐらいのことがわからないのか。(ヨハネによる福音書 第 3 章)
5 Jesus answered, “Very truly I tell you, no one can enter the kingdom of God unless they are born of water and the Spirit. 6 Flesh gives birth to flesh, but the Spirit gives birth to spirit. 7 You should not be surprised at my saying, ‘You must be born again.’ 8 The wind blows wherever it pleases. You hear its sound, but you cannot tell where it comes from or where it is going. So it is with everyone born of the Spirit.”
9 “How can this be?” Nicodemus asked.
10 “You are Israel’s teacher,” said Jesus, “and do you not understand these things?
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「肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である」というのは、神学の基礎になるイエス・キリストの言葉です。
この世界は、見える世界(物質界、人間界、肉体の世界)と見えない世界(霊界、死後の世界)から成っていると、今の日本の多くの霊能者も述べている。イエスも霊能者だったので、見えない世界(霊の世界)が見えていたのです。
そして、人々を導く師と呼ばれる人なら、「これぐらいのこと」は分かるはずだと述べておられる。つまり、霊的な理解は宗教の指導者であれば、当然だということです。
今の日本でも故宜保愛子などは霊視ができて、テレビにもよく出演していた。彼女は、他人に取り付いている霊が、意識的に、又は、無意識的に見えたという。大部分はその人の守護霊だが、なかには、怨念を持った霊が供養を要求して取り付いていることもあるという。浮遊霊や地縛霊という怪しげな霊が取り付いていることもあるという。また、亡くなったペットの犬や猫の霊が見える場合もあるという。特に、自分が死んだことが分かっていない霊も、生きている人に取り付くこともある。霊能者は、霊とも話ができたり、霊の心が分かるという。さらに人の前世も分かるというのだから、一般人には想像を超えた力です。
そういう霊に対しては、線香をあげ、そえ物をあげ、お経を読んだりし、また、既に肉体がなくなっていることを説いて聞かせれば、だいたい、迷える霊は霊界に帰り、霊界での霊格の上昇を心がけるようになるという。
イエス・キリストは、そういう霊界の話を詳しくは述べていないが、霊界が存在することは、当然のこととして説教をされている。だから。普通は見えない世界(霊界)の存在を理解しなければ、聖書のイエス・キリストの話は理解できない。
また、単に霊視や霊聴が出来るだけでなく、霊能力を使えるイエスは、その超能力で病人を癒すこともできた。さらには、神様のように奇跡を起こすこともできたのです。今の世界の心霊治療家にもイエス・キリストを信じるものが多い。
この霊能力があれば、まさに、「できないことはない」のです。ナポレオンが「私の辞書には不可能はない」と全知全能であるかのように述べたことも頷ける。ナポレオンは、フランス革命後のフランスで、霊能力を使って出世したのかも知れないが、権力を求め、最後には、悪魔の罠にはまって失脚する。他方、人間的な権力を求めなかったイエスは、悪魔の罠にはまることなく歴史に成功者として名を残している。ただし、悪魔はイエス・キリストを殺害することには成功した。ナポレオンは晩年は大西洋のセント・ヘレナ島で幽閉されて51歳で亡くなることになる。
また、最近亡くなった佐藤愛子は、北海道の別荘で悪霊などに悩まされたことも有名です。佐藤は霊能者や心霊学会などに頼り、徐霊の儀式を行い、最終的には悪霊から救われたと言われている。
カトリックでは悪魔祓い(エクソシズム)という職務がある。霊界にはさまざまな霊がいて、人間界に出現して人間の行動に干渉する。悪霊はイエス・キリストの名によって祈れば退散させることができるというのが、カトリックの考え方です。また、「プロテスタントでも悪魔祓いは存在し、 「エクソシズム」という儀式よりも、祈りと聖書朗読を通じた「解放(デリバランス)ミニストリー」として行われることが多く、教派や教会ごとに実施の有無や慎重さが大きく異なります」とAIでは説明している。
聖書では、イエス・キリストが悪霊を人々から追い出したとの記述があるが、この悪魔祓いを理解するには、霊的な解釈が必要なのです。また、イエス・キリストが行った多くの奇跡を理解するのにも、霊能力の理解が必要です。
霊界を理解するには、18世紀の霊能者スウェーデンボルグの著作や、チベットや古代エジプトの死者の書や日本の神話や空海の著作を読むのが役に立つが、聖書のイエス・キリストの言葉を素直に読むだけでも、霊の存在や霊界の様子は理解できる。
また、霊界ではキリスト教の天使や仏教の大霊がいて、死者の霊だけでなく、生きている人間を助ける。ただし、霊界には悪魔もいて霊界の地獄で死者の霊を支配し、この世にも表れて人々を惑わし、苦しめ、悪に誘い込む。或いは、神様に従う人間を攻撃する。
このような、霊的問題を理解するのが、今の人間にも求められる。
人間の苦しみは、悪霊などによる霊障が原因の場合もあり、悪霊を人の心から追い出すイエス・キリストの力は今も求められているのです。
2026年7月3日金曜日
「ホサナ、主の御名によってきたる者に、祝福あれ」 (マルコによる福音書 第 11 章) (“Hosanna” “Blessed is he who comes in the name of the Lord!”)
さて、彼らがエルサレムに近づき、オリブの山に沿ったベテパゲ、ベタニヤの附近にきた時、イエスはふたりの弟子をつかわして言われた、
2 「むこうの村へ行きなさい。そこにはいるとすぐ、まだだれも乗ったことのないろばの子が、つないであるのを見るであろう。それを解いて引いてきなさい。
3 もし、だれかがあなたがたに、なぜそんな事をするのかと言ったなら、主がお入り用なのです。またすぐ、ここへ返してくださいますと、言いなさい」。
4 そこで、彼らは出かけて行き、そして表通りの戸口に、ろばの子がつないであるのを見たので、それを解いた。
5 すると、そこに立っていた人々が言った、「そのろばの子を解いて、どうするのか」。
6 弟子たちは、イエスが言われたとおり彼らに話したので、ゆるしてくれた。
7 そこで、弟子たちは、そのろばの子をイエスのところに引いてきて、自分たちの上着をそれに投げかけると、イエスはその上にお乗りになった。
8 すると多くの人々は自分たちの上着を道に敷き、また他の人々は葉のついた枝を野原から切ってきて敷いた。
9 そして、前に行く者も、あとに従う者も共に叫びつづけた、「ホサナ、主の御名によってきたる者に、祝福あれ。
10 今きたる、われらの父ダビデの国に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」。
11 こうしてイエスはエルサレムに着き、宮にはいられた。そして、すべてのものを見まわった後、もはや時もおそくなっていたので、十二弟子と共にベタニヤに出て行かれた。 (マルコによる福音書 第 11 章)
11 As they approached Jerusalem and came to Bethphage and Bethany at the Mount of Olives, Jesus sent two of his disciples, 2 saying to them, “Go to the village ahead of you, and just as you enter it, you will find a colt tied there, which no one has ever ridden. Untie it and bring it here. 3 If anyone asks you, ‘Why are you doing this?’ say, ‘The Lord needs it and will send it back here shortly.’”
4 They went and found a colt outside in the street, tied at a doorway. As they untied it, 5 some people standing there asked, “What are you doing, untying that colt?” 6 They answered as Jesus had told them to, and the people let them go. 7 When they brought the colt to Jesus and threw their cloaks over it, he sat on it. 8 Many people spread their cloaks on the road, while others spread branches they had cut in the fields. 9 Those who went ahead and those who followed shouted,
“Hosanna”
“Blessed is he who comes in the name of the Lord!”
10 “Blessed is the coming kingdom of our father David!”
“Hosanna in the highest heaven!”
11 Jesus entered Jerusalem and went into the temple courts. He looked around at everything, but since it was already late, he went out to Bethany with the Twelve.
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これは、イエス・キリストが人生の最後にエルサレムに入られたときの情景、「最後のエルサレム入城」の様子です。いよいよ、聖書のクライマっクスが始まるのです。
群衆は熱狂し、「ホサナ、主の御名によってきたる者に、祝福あれ。今きたる、われらの父ダビデの国に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」とイエスの一行の周りで叫んだのです。
このイエスの「最後のエルサレム入城」は、群衆の興奮に包まれたものであったが、イエスがエルサレムから出る時は、死体となっていたのです。そして、イエス・キリストの死は、その後2千年にわたるキリスト教の発展の出発点となったのです。いや、この2千年の人類の歴史は、その時から始まったのであり、現在の西暦は、イエスの誕生の年(と思われた年)を起点としている。つまり。現在は西暦2026年なのです。
なお、日本政府では、神武天皇即位の年を元年とする皇紀が使われており、現在は2686年になります。皇紀は、「西暦」プラス660になります。
この紀元前660年前の頃は、孔子やブッダ、ソクラテスが活躍し、ユダヤ教の旧約聖書の編集が行われていた時代にあたります。ただし、神武天皇は伝説・神話の存在であり、日本神話の創作です。それでも、紀元前660年頃に日本の建国が設定されたのは、霊的に日本の歴史が世界の歴史につながっていることを示唆しています。
日本の歴史の前半は天皇家の歴史であり、天皇家の祖先が、古代中国の「秦帝国」の方士と呼ばれる呪術家の徐福の側近だったと考えれば辻褄が合う。紀元前200年頃に成立した古代中国の最初の中国の統一帝国の「秦」は。秦の始皇帝が有名ですが、その始皇帝から支援を得て、中国大陸から東シナ海、太平洋へと中国神話の伝説の神の島(蓬莱)を目指した徐福の一行は日本列島に到達し、当時の最先端の技術を日本に伝え、稲作中心の弥生文化を日本で加速させたと思われる。これが、科学的に納得できる天皇家の出自です。今でも、全国に徐福の渡来の地との伝説を持つ場所が全国に存在する(和歌山県の新宮など)。
しかし、イエス・キリストは神話や伝説の存在ではなく、歴史的事実によって裏付けられた存在であり、むしろ、霊的な存在であったと思われるような超能力をもった呪術者でもあったわけです。神の子と呼ばれるだけの、霊能力を持っていたことが、イエス・キリストの本質なのです。いわば、人類最大の霊能力者なのです。正しいイエス像を人類は持たねばならない。
そのイエスを当時の群衆は、事実上のユダヤ人の王として、歓呼してエルサレムで迎えたのは当然なのです。その声が「ホサナ」という言葉であり、AIでは「「ホサナ」は、ヘブライ語に由来し「どうか救ってください」「今お救いください」という意味」を持つとされている。
つまり、「お救い下さい」と群衆はイエスに向かって叫んだのです。
しかし、悪魔はこのチャンスに、その配下のユダヤ教の祭司やローマ軍の幹部にイエスを逮捕させ、十字架上で刑死させたのです。そして、新薬聖書が書かれることになり、悪魔の意図とは反対に、イエス・キリストの言葉は歴史に残ることになった。これが、人類の歴史なのです。
だから、人間である日本人も歴史を学び、キリスト教を理解することが求められるのです。日本の皇室の曖昧な歴史とは違って、キリスト教の歴史は文書化されており、ユダヤ人の歴史と合わせれば、ユダヤ・キリスト教の歴史は4千年にも及ぶのです。
日本の縄文時代(稲作文化以前)から、西欧の基盤のユダヤ・キリスト教は始まっていたのです。その象徴がキリスト教であり、そのキリスト教の象徴が十字架上のイエス・キリストであり、そのイエス・キリストの人生の象徴が、「最後のエルサレム入城」なのです。
聖書は霊的に解釈しなければならいが、最も劇的な情景が、イエス・キリストの「最後のエルサレム入城」なのです。
2026年7月2日木曜日
「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」 (マタイによる福音書 第 9 章) (“Get up, take your mat and go home.”)
3 すると、ある律法学者たちが心の中で言った、「この人は神を汚している」。
4 イエスは彼らの考えを見抜いて、「なぜ、あなたがたは心の中で悪いことを考えているのか。
5 あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。
6 しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と言い、中風の者にむかって、「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
7 すると彼は起きあがり、家に帰って行った。
8 群衆はそれを見て恐れ、こんな大きな権威を人にお与えになった神をあがめた。(マタイによる福音書 第 9 章)
9 Jesus stepped into a boat, crossed over and came to his own town. 2 Some men brought to him a paralyzed man, lying on a mat. When Jesus saw their faith, he said to the man, “Take heart, son; your sins are forgiven.”
3 At this, some of the teachers of the law said to themselves, “This fellow is blaspheming!”
4 Knowing their thoughts, Jesus said, “Why do you entertain evil thoughts in your hearts? 5 Which is easier: to say, ‘Your sins are forgiven,’ or to say, ‘Get up and walk’? 6 But I want you to know that the Son of Man has authority on earth to forgive sins.” So he said to the paralyzed man, “Get up, take your mat and go home.” 7 Then the man got up and went home. 8 When the crowd saw this, they were filled with awe; and they praised God, who had given such authority to man.
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2026年6月29日月曜日
W杯は日本の霊性を高めれば勝利できる!
ワールドカップ・サッカーが世界の注目を集めている。特に今回は日本チームがブラジル・チームと対戦するのでサッカーの人気が沸騰している。
サッカーは、単なる肉体の力、技術力だけの戦いではない。メンタルの要素が大きい。だから、ゴールした外国選手の多くは、天を仰いで幸運を神様に感謝するポーズを取る。また、サッカー・チームのサポーターの声援が選手に大きな影響を与えると言われている。
これを霊的に判断すると、20人の選手が自由に走り回ってゴールを競うという戦い方に人間の体力やカン、作戦などだけではなく、総合的な霊力が働きやすいスポーツだということになる。
極端に言えば、サポーターの霊能力が影響しやすい。また、事物にも霊が宿るという日本の伝統的霊性から言えば、サッカー・ボールからの霊的な影響もある。ゴール・ポストや試合場の霊性も影響する。ホームの試合が有利なのは、この点からも理解できる。
この観点から言えば、日本がブラジルに勝利するには、サポーターやファンの霊的な声援、試合で使用されるボールや試合場の設備などの霊的な力を日本チームは味方としなければならない。
サッカーの試合は偶然的な要素が大きい。それに、霊的な影響を与えるような声援をサポーターやファンは送り、試合で使用されるボールなどに霊的な影響を与えるようにサポーターなどは祈らなければならない。
要するに、サッカーの試合は、肉体的な条件や技術、作戦などの知的な判断に加えて、選手やボールなどに霊的な声援をファンが送ることによって結果が決まる。
かつて、「ドーアの悲劇」と呼ばれる敗戦を日本が喫して、ワールドカップに出場できないことがあった。当時は、日本チームへの霊的な声援が足りなかったことの表れだが、現在では、サッカー・ファンも増えて、霊能力者も関心を持っている。
各国にも霊能者がいて、それぞれのチームを霊的に声援しており、その霊能力の戦いだという側面がある。
スポーツは何でも、肉体や技術の戦いだけではなく、作戦や霊的なメンタルの影響が大きい。
また、チーム同士が対戦する場合、攻撃側は守備側の3倍の威力を持たなければ勝利しないという合戦の法則がある。
この意味から、日本チームはまず守備に徹して、ブラジルの疲労を待ち、カウンター的な反撃を試みるのが正解のような気がする。
しかし、いずれにしても、選手に天から霊が下って、適切なプレーをさせ、ボールなどの物霊が日本チームに味方をしてくれるようにファンは祈るしかない。要するに監督、コーチ、選手、サポーター、ファンの霊能力が試されている。
日本でテレビを見ている一人ひとりの霊能力が試されている。
ただし、ブラジルにもキリスト教などの霊を信じるファンが多い。心霊治療が行われるほどブラジルは霊大国でもある。まさに、霊の戦いがワールドサッカーだということになる。
それでも、W杯は日本の霊性を高めれば勝利できると強く信じることです。
2026年6月10日水曜日
「新天皇家」で、日本は世界のリーダーになれる!
皇族の通り扱いが国会で問題になっている。女系天皇や女性皇族を認めるかが問題となっている。
神武天皇につながる、男系の天皇が日本の天皇を務めてきたのは歴史的事実であり、女系天皇を認めれば、この伝統が崩れ、日本という国が成り立たないという意見もある。
しかし、需要なのは天皇ではなく、日本人、日本民族であり、日本国民なのです。
戦前(1945年の日米戦争の敗戦前)は、「天皇のために、国民は喜んで死ね」という軍国主義が主流だった。そして、多くの日本人が天皇を守るために死んでいった。第二次大戦での日本人の戦死者は300万人に及んだ。それを、軍人も政治家も、皇族も国民に謝罪することはなかったが、米軍が率いる連合軍によって軍部は解体され、政治家は公職追放となり、天皇も「皇帝」の地位から国民の「象徴」という地位に引き下げられた。しかし、皇族を敬愛する国民の皇室崇拝の気は強く、名目的な天皇制は今日まで続いている。
ヨーロッパの王族は全てキリスト教徒であり、国民の上に王族がおり、王族の上に神様とイエス・キリストがいることになっている。しかし、日本の天皇はキリスト教徒ではなく、日本もキリスト教を国教とはしていない。今も、天皇を頂点とする天皇神道は生きている。この意味で、日本は世界の主流のキリスト教から外れている。また、一神教からも外れている。だから、日本は世界をリードできない。
ただし、アメリカのキリスト教を基盤とする憲法をもっているので、日本は準キリスト教国として認められている。これが、中国との大きな違いです。
さて、世界の主流のキリスト教的観点から見れば、日本の天皇や皇室は無意味です。なぜなら、イエス・キリストを崇めていないからです。万物の創造主の神様が人類に与える恵みは、その子であるイエス・キリストを通して人類にもたらされる。だから、日本の皇室は人類の救いには寄与しない。世界的には、無意味な存在なのです。
この観点から、天皇家が女系天皇を受けいれようが、拒絶しようが、人類の一員である日本人には関係ないことになる。むしろ、第二次大戦で天皇を守るために日本人を戦死させたような天皇は、日本人には有害な存在だということになる。天皇が日本民族を代表するなら、国民のために命を差し出すのが天皇の義務だったはずです。天皇が死んでも、日本民族が生き延びるのが正しいのです。それが逆に、天皇のために国民に死ねというのは、狂った事態です。だから、大日本帝国は亡んだのです、194年に。
そもそも、霊能力のない人間を天皇にするから、日本はアメリカに戦争で負けたのです。自分たちに、アメリカのキリスト教徒を上回る霊能力がないことは、皇室が一番よく知っている。皇室は、戦後はアメリカに追従して生き永らえた。今でも、本当は皇室はアメリカのキリスト教に頭が上がらない。ましてや、ローマ法王の下だということは理解している。ローマ法王を敬うカトリックは全世界に10億人もいるが、日本の天皇を崇める人は日本人以外にはいない。
つまり、霊能力のある人間を天皇にしないのが、日本の悲劇の源泉なのです。霊能力のある人間が天皇になっていれば、先の大戦でも負けることはなく、戦後の不況・デフレ(バブルの崩壊)や自然災害(阪神大震災/東日本大震災)も生ぜず、日本人は真の平和と繁栄の中で安心して暮らせたのです。2000年の頃には、日本では毎年3万人の自殺者が出ていたが、皇室は知らんぷりだった。霊能力で日本人を救うこともできなかった。
今からでも遅くない、日本人の中で「最も霊能力の高い人間」を新天皇として、新皇室を打ち立てるべきです。
ただし、歴史を考えれば、現皇室は「旧皇室」として、特別な国家の保護を与えるべきです。
霊能力のある「新天皇家」と歴史を尊重して「旧天皇家」の並立とすべきであり、旧天皇家が当主を男系とするか、女系とするか、誰にするかは、彼らが決めることであって、国民が決めることではない。
霊能力のある新天皇は、人類最大の霊能力者のイエス・キリストの信徒になることは間違いなく、日本人も世界の主流のキリスト教国になる。そのときに、日本人が世界を指導する立場に立てるのです。
2026年5月27日水曜日
悪魔が最上部にいるネット・電話サギの犯罪組織!
オレオレ詐欺事件は、年間27,758件、被害総額1,414億円となっている。
つまり、毎日70件以上のサギ電話がかけられ、4億円近い被害が出ている。これは、物質文明の狂った状況です。AIがさらに利用されるようになると、件数も被害額も増大するだろう。
警官や役人、弁護士や検事などを演じるロボットが使用されるかもしれない。市民はAIの発展に喜んでいる場合ではない。
政府は、特別な体制を取らなければならない。
これは、国民一人一人が、善を愛する心を持たなければ解決しない。悪と戦う心が必要なのです。
オレオレの背後には、犯罪組織がいる。彼らは、犯罪で巨額のカネを得て、さらに、新たな犯行に投資する。ITの専門家や専門会社を雇い、さらには、俳優志望の人間もリクルートして、警察官や検事を演技させる。そして、インターネットやスマホで闇バイトに応募する素人をリクルートして犯行の手足として使う。最近では、高校生に強盗をやらせた例もある。悪は悪を呼び、犯罪者は犯罪者を呼ぶ。このオレオレ電話サギの構造は根深い。
その組織を統括しているのが、暴力団関係者だと思われる。構成員は、暴力の恐怖に縛られている。また、多額の報酬を得ている関係者は、密告などしない。
彼らは、悪魔の論理を関係者に吹き込んでおり、金持ちの老人からカネを奪っても、世の中のためになるだけだと構成員に教え込む。
悪魔の影響が、人々の欲望を通して現れ、ヤミ・バイトや詐欺グループに応募する者は後を絶たない。しかし、組織の最上部は下位の者は使い捨てるだけです。彼らは、何十もの関門で守られている。最後は、犯罪組織の幹部は、組織の構成員からもカネを奪う。地獄の体制です。
ただし、警察もAIを使えば、犯罪組織の実態に迫ることができる。警察の熱意の問題だということになる。毎日、日本全国で4億円近い被害がでているのに、警察体制はまだ不十分です。
一般人にできることは、神様やイエス・キリストに祈って、電話サギ事件から守ってもらうことです。聖書を読んで清貧生活をしていれば、詐欺犯を見分けられるようになる。
スマホは、犯罪の道具になっており、AIやITは犯罪のためのシステムとなっている。人間は、最新の科学技術の産物を求めるのではなく、自然を愛する心を失ってはならない。