2026年6月29日月曜日

W杯は日本の霊性を高めれば勝利できる!

ワールドカップ・サッカーが世界の注目を集めている。特に今回は日本チームがブラジル・チームと対戦するのでサッカーの人気が沸騰している。

サッカーは、単なる肉体の力、技術力だけの戦いではない。メンタルの要素が大きい。だから、ゴールした外国選手の多くは、天を仰いで幸運を神様に感謝するポーズを取る。また、サッカー・チームのサポーターの声援が選手に大きな影響を与えると言われている。

これを霊的に判断すると、20人の選手が自由に走り回ってゴールを競うという戦い方に人間の体力やカン、作戦などだけではなく、総合的な霊力が働きやすいスポーツだということになる。

極端に言えば、サポーターの霊能力が影響しやすい。また、事物にも霊が宿るという日本の伝統的霊性から言えば、サッカー・ボールからの霊的な影響もある。ゴール・ポストや試合場の霊性も影響する。ホームの試合が有利なのは、この点からも理解できる。

この観点から言えば、日本がブラジルに勝利するには、サポーターやファンの霊的な声援、試合で使用されるボールや試合場の設備などの霊的な力を日本チームは味方としなければならない。

サッカーの試合は偶然的な要素が大きい。それに、霊的な影響を与えるような声援をサポーターやファンは送り、試合で使用されるボールなどに霊的な影響を与えるようにサポーターなどは祈らなければならない。

要するに、サッカーの試合は、肉体的な条件や技術、作戦などの知的な判断に加えて、選手やボールなどに霊的な声援をファンが送ることによって結果が決まる。

かつて、「ドーアの悲劇」と呼ばれる敗戦を日本が喫して、ワールドカップに出場できないことがあった。当時は、日本チームへの霊的な声援が足りなかったことの表れだが、現在では、サッカー・ファンも増えて、霊能力者も関心を持っている。

各国にも霊能者がいて、それぞれのチームを霊的に声援しており、その霊能力の戦いだという側面がある。

スポーツは何でも、肉体や技術の戦いだけではなく、作戦や霊的なメンタルの影響が大きい。

また、チーム同士が対戦する場合、攻撃側は守備側の3倍の威力を持たなければ勝利しないという合戦の法則がある。

この意味から、日本チームはまず守備に徹して、ブラジルの疲労を待ち、カウンター的な反撃を試みるのが正解のような気がする。

しかし、いずれにしても、選手に天から霊が下って、適切なプレーをさせ、ボールなどの物霊が日本チームに味方をしてくれるようにファンは祈るしかない。要するに監督、コーチ、選手、サポーター、ファンの霊能力が試されている。

日本でテレビを見ている一人ひとりの霊能力が試されている。

ただし、ブラジルにもキリスト教などの霊を信じるファンが多い。心霊治療が行われるほどブラジルは霊大国でもある。まさに、霊の戦いがワールドサッカーだということになる。

それでも、W杯は日本の霊性を高めれば勝利できると強く信じることです。


2026年6月10日水曜日

「新天皇家」で、日本は世界のリーダーになれる!

 

皇族の通り扱いが国会で問題になっている。女系天皇や女性皇族を認めるかが問題となっている。

神武天皇につながる、男系の天皇が日本の天皇を務めてきたのは歴史的事実であり、女系天皇を認めれば、この伝統が崩れ、日本という国が成り立たないという意見もある。

しかし、需要なのは天皇ではなく、日本人、日本民族であり、日本国民なのです。

戦前(1945年の日米戦争の敗戦前)は、「天皇のために、国民は喜んで死ね」という軍国主義が主流だった。そして、多くの日本人が天皇を守るために死んでいった。第二次大戦での日本人の戦死者は300万人に及んだ。それを、軍人も政治家も、皇族も国民に謝罪することはなかったが、米軍が率いる連合軍によって軍部は解体され、政治家は公職追放となり、天皇も「皇帝」の地位から国民の「象徴」という地位に引き下げられた。しかし、皇族を敬愛する国民の皇室崇拝の気は強く、名目的な天皇制は今日まで続いている。

ヨーロッパの王族は全てキリスト教徒であり、国民の上に王族がおり、王族の上に神様とイエス・キリストがいることになっている。しかし、日本の天皇はキリスト教徒ではなく、日本もキリスト教を国教とはしていない。今も、天皇を頂点とする天皇神道は生きている。この意味で、日本は世界の主流のキリスト教から外れている。また、一神教からも外れている。だから、日本は世界をリードできない。

ただし、アメリカのキリスト教を基盤とする憲法をもっているので、日本は準キリスト教国として認められている。これが、中国との大きな違いです。

さて、世界の主流のキリスト教的観点から見れば、日本の天皇や皇室は無意味です。なぜなら、イエス・キリストを崇めていないからです。万物の創造主の神様が人類に与える恵みは、その子であるイエス・キリストを通して人類にもたらされる。だから、日本の皇室は人類の救いには寄与しない。世界的には、無意味な存在なのです。

この観点から、天皇家が女系天皇を受けいれようが、拒絶しようが、人類の一員である日本人には関係ないことになる。むしろ、第二次大戦で天皇を守るために日本人を戦死させたような天皇は、日本人には有害な存在だということになる。天皇が日本民族を代表するなら、国民のために命を差し出すのが天皇の義務だったはずです。天皇が死んでも、日本民族が生き延びるのが正しいのです。それが逆に、天皇のために国民に死ねというのは、狂った事態です。だから、大日本帝国は亡んだのです、194年に。

そもそも、霊能力のない人間を天皇にするから、日本はアメリカに戦争で負けたのです。自分たちに、アメリカのキリスト教徒を上回る霊能力がないことは、皇室が一番よく知っている。皇室は、戦後はアメリカに追従して生き永らえた。今でも、本当は皇室はアメリカのキリスト教に頭が上がらない。ましてや、ローマ法王の下だということは理解している。ローマ法王を敬うカトリックは全世界に10億人もいるが、日本の天皇を崇める人は日本人以外にはいない。

つまり、霊能力のある人間を天皇にしないのが、日本の悲劇の源泉なのです。霊能力のある人間が天皇になっていれば、先の大戦でも負けることはなく、戦後の不況・デフレ(バブルの崩壊)や自然災害(阪神大震災/東日本大震災)も生ぜず、日本人は真の平和と繁栄の中で安心して暮らせたのです。2000年の頃には、日本では毎年3万人の自殺者が出ていたが、皇室は知らんぷりだった。霊能力で日本人を救うこともできなかった。

今からでも遅くない、日本人の中で「最も霊能力の高い人間」を新天皇として、新皇室を打ち立てるべきです。

ただし、歴史を考えれば、現皇室は「旧皇室」として、特別な国家の保護を与えるべきです。

霊能力のある「新天皇家」と歴史を尊重して「旧天皇家」の並立とすべきであり、旧天皇家が当主を男系とするか、女系とするか、誰にするかは、彼らが決めることであって、国民が決めることではない。

霊能力のある新天皇は、人類最大の霊能力者のイエス・キリストの信徒になることは間違いなく、日本人も世界の主流のキリスト教国になる。そのときに、日本人が世界を指導する立場に立てるのです。