19 するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいるのに、断食ができるであろうか。花婿と一緒にいる間は、断食はできない。
20 しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その日には断食をするであろう。
21 だれも、真新しい布ぎれを、古い着物に縫いつけはしない。もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなる。
22 まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も皮袋もむだになってしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである〕」。 (マルコによる福音書 第 2 章)
18 Now John’s disciples and the Pharisees were fasting. Some people came and asked Jesus, “How is it that John’s disciples and the disciples of the Pharisees are fasting, but yours are not?”
19 Jesus answered, “How can the guests of the bridegroom fast while he is with them? They cannot, so long as they have him with them. 20 But the time will come when the bridegroom will be taken from them, and on that day they will fast.
21 “No one sews a patch of unshrunk cloth on an old garment. Otherwise, the new piece will pull away from the old, making the tear worse. 22 And no one pours new wine into old wineskins. Otherwise, the wine will burst the skins, and both the wine and the wineskins will be ruined. No, they pour new wine into new wineskins.”
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「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れよ」と、いう良く知られたイエス・キリストの言葉の出展です。
また、この言葉の前に、ご自分を「婚礼の花婿」に譬えておられる。そして、「花婿が奪い去られる日が来る」とご自分の将来を予言しておられる。この悲劇的な予言から、人々の心を変えようとして、「ぶどう酒の革袋」のたとえ話をしたとも考えられる。イエスのこの世の出現が、「新しいぶどう酒」として、人々に宗教的な革新を与えるものだということを意味したのです。そして、「新しい革袋」が意味することは、人々が新たな心をもって、イエスの教えを聞けということなのです。
ユダヤ教の古い考え方で、イエスの言葉を受け入れようとしても、その心からイエスの教えは、あふれ出てしまう、ということなのです、
新しい時代が来た時、古い時代の常識に囚われていては、新しい時代を混乱なく生きてゆくことはできない。まず、心構えを変えなければいけない。
日本の歴史では、大きく世の中が変わったのは、幕末から明治維新にかけての時と、第二次大戦の日米戦争の敗戦の時です。
明治維新のときは、徳川幕府による鎖国の幕藩体制から日本の開国の時代へと変換が行われ、欧米の文明が日本に受け入れられるようになった。この時、徳川幕府はキリスト教を禁止し、仏教を利用して社会の管理を行っていたが、明治政府はキリスト教を社会に受け入れるようになった。ただし、社会自体は旧体制のままであり、明治政府は仏教の代わりに天皇神道を社会の管理に採用した。徳川時代のような、「切支丹禁制」はなくなったが、本当の宗教の自由が促進されたわけではなく、天皇をかついだ薩摩・長州などの侍にとって都合の良い天皇崇拝を国民に求めることになった。
しかし、20世紀の日米戦争で、天皇神道を国民に強要していた日本は、キリスト教国のアメリカに敗戦して、アメリカのキリスト教精神に基づく新憲法を、日本政府が受け入れたことで、日本社会で真の宗教の自由が実現し、仏教の教えもキリスト教の教えも、日本社会で自由に謳歌できるようになった。この憲法のお陰で、戦後の日本の平和と繁栄が保証され、現在まで日本社会は世界でも例を見ないほどの長期の平和と繁栄を享受している。
徳川時代(江戸時代)も、戦国時代のあと、250年以上の平和と経済的安定を実現したが、欧米の科学力を導入した明治政府のもとで、日本社会は大発展し、第二次大戦前には、「国際連盟」の常任理事国になることができた。しかし、この成功に思い上がった日本政府は、伝統的なアジアの覇者である中国との戦争に突き進み、その結果、欧米との摩擦を生み、日本はアジアの覇権国だった中国、及び、世界を植民地支配している欧米の双方と武力衝突することになる。また、第二次大戦の末期には、これもアジア侵略を狙うロシア人のソビエト連邦に裏切られて、日本は歴史上初の外国軍隊による日本占領を経験する。戦後の日本に必要なのは、新たな時代に相応しい社会の革袋、つまり新憲法だったのです。
だから、この新憲法を日本に与えた米軍の総司令官のマッカーサー元帥が、戦後日本の恩人であり、英雄だということになる。しかし、日本はキリスト教精神に基づく新憲法は受け入れたが、天皇を国民の象徴として生き残らせ、天皇は人間宣言をして、天皇神道は表舞台から影を潜めた。ただし、その伝統的な影響力はまだ日本社会に残っており、事実上の国家元首として天皇は日本社会の最上位に存在している。(ただし、法的には天皇には政治力はなく、首相が日本の元首代行の地位にある。日本の主権者は天皇ではなく、国民なのです。)
さらに、世界的に見れば、人類の物質文明がその腐敗と堕落によって行き詰まり、異常気象などの危機を地球に招き、現在の物質文明が終焉しようとしている。ユダヤ人の始祖のアブラハムからイエス・キリストの誕生までが2千年、イエスの死から現在の21世紀までが2千年であり、人類は新たな時代を迎えようとしている、
そのためには、新たな精神を人類は持たなければならない。日本の幕末に、アメリカの黒船が現れて新時代の到来を日本社会に告げたように、21世紀にUFOが公然と現れてもおかしくない。人類は、UFOの出現に耐える社会を持たなければならない。新しい時代は、宇宙時代でもあるのです。新文明は宇宙人(UFO)の存在の許容から始まるのです、
その意味で、矢追純一や韮沢潤一郎のUFO解説は参考になるが、彼らはキリスト教を研究しておらず、新時代がUFOによってもたらされたとしても、宗教的な対応はできない。つまり、万物の創造主の神様と新時代を結びつけることはできない。
そのような物質文明後の新時代が宇宙人によってもたされたとしても、キリスト教精神を学んでいれば、霊界で宇宙人の霊と会ったと主張する18世紀(科学者のニュートンと同世代)の霊能者のスウェーデンボルグは、敬虔なキリスト教徒であったことを知り、キリスト教が宇宙にも拡大できることが理解できる。
21世紀からの新時代には、宇宙人の存在も取り入れた霊的な文明を発展させる必要があり、そのためにも、霊的なキリスト教の研究が必要なのです。
日本人も、まず聖書に親しみ、現憲法の基盤となったキリスト教を研究すべきなのです。