2026年8月1日土曜日

「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのである」 (ルカによる福音書 第 8 章) (“My mother and brothers are those who hear God’s word and put it into practice.”)

18 だから、どう聞くかに注意するがよい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は、持っていると思っているものまでも、取り上げられるであろう」。
19 さて、イエスの母と兄弟たちとがイエスのところにきたが、群衆のためそば近くに行くことができなかった。
20 それで、だれかが「あなたの母上と兄弟がたが、お目にかかろうと思って、外に立っておられます」と取次いだ。
21 するとイエスは人々にむかって言われた、「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのである」。
22 ある日のこと、イエスは弟子たちと舟に乗り込み、「湖の向こう岸へ渡ろう」と言われたので、一同が船出した。
23 渡って行く間に、イエスは眠ってしまわれた。すると突風が湖に吹きおろしてきたので、彼らは水をかぶって危険になった。
24 そこで、みそばに寄ってきてイエスを起し、「先生、先生、わたしたちは死にそうです」と言った。イエスは起き上がって、風と荒浪とをおしかりになると、止んでなぎになった。
25 イエスは彼らに言われた、「あなたがたの信仰は、どこにあるのか」。彼らは恐れ驚いて互に言い合った、「いったい、このかたはだれだろう。お命じになると、風も水も従うとは」。(ルカによる福音書 第 8 章)

18 Therefore consider carefully how you listen. Whoever has will be given more; whoever does not have, even what they think they have will be taken from them.”
19 Now Jesus’ mother and brothers came to see him, but they were not able to get near him because of the crowd. 20 Someone told him, “Your mother and brothers are standing outside, wanting to see you.”
21 He replied, “My mother and brothers are those who hear God’s word and put it into practice.”
22 One day Jesus said to his disciples, “Let us go over to the other side of the lake.” So they got into a boat and set out. 23 As they sailed, he fell asleep. A squall came down on the lake, so that the boat was being swamped, and they were in great danger.
24 The disciples went and woke him, saying, “Master, Master, we’re going to drown!”He got up and rebuked the wind and the raging waters; the storm subsided, and all was calm.
25 “Where is your faith?” he asked his disciples. In fear and amazement they asked one another, “Who is this? He commands even the winds and the water, and they obey him.”
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これは、イエス・キリストの母や兄弟が聖書に現れる稀な箇所です。

イエスは、「神の御言を聞いて行う者こそ、わたしの母、わたしの兄弟なのである」と述べて、この世の血のつながりを否定し、霊的な関係を強調する。実際に、人は死後、この世の人間関係とは関係なく、霊的なつながりによって人々の霊は集まる。同じ霊格を持ち、同じ信念を持つ霊たちが集まると、生きながら死後の世界を見てきたスエーデンボルグは述べている。

また、湖で嵐が生じたとき、「イエスは起き上がって、風と荒浪とをおしかりになると、止んでなぎになった」というイエスの霊能力も表されている。自然界の現象ですら、イエスは霊能力で制御できるのです。しかも、「おしかり」になったということは、嵐を生じさせる霊が働いていたことを意味する。その霊をイエスは、人間の霊を叱るように戒められたというのです。

これは、全ての物体や現象に独自の霊が働いているという、今の日本の霊能力者の言葉を思い出させる。実際、この世の全ての物質は神様の霊能力でできたものであり、全ての分子、原子、素粒子、光なども神様の霊で生まれたのであるから、物質には神様が与えた霊があるということになる。

物や現象に霊を見るという日本の霊的な伝統は、イエスの奇跡を生み出す力をよく説明している。万物にそれ独自の霊がある以上は、その霊を制御することで物をも支配できる。イエス・キリストは、そういう神様の霊能力を持っていたことになる。

だから、自然災害もイエスは防げたということになる。今もイエスの信者は、そのイエスの力を与えらえて、物質や自然現象をコントロールできることになる。今、そのような信仰者がいれば、地震も台風も防ぐことができるのです。祈りの力で自然現象を制御し、自然がもたらす災厄を防ぐのは、霊能者の義務だということになる。さらには、政治や経済の人間活動も、独自の霊が働いていて、コントロールできることになる。

日本にも仏教や神道の信仰の力で、大きな霊能力を持った空海などの霊能者がいて、自然災害を防いだと言われている。かつては、天皇家にもそのような霊能力があり人々を救ってきたが、今の天皇家には霊能力はない。天皇にはイエスのような奇跡を起こす力がない、ということです。だから、阪神大震災や東日本大震災、能登地震や熊本地震が生じるのです。政治も経済も、霊的な力が働いている。イエスなら、全て解決できるのです。

ただし、欧米のキリスト教には、奇跡の伝統がある。病を癒す聖水として、「ルルドの水」が有名です。また、信仰心の篤い修道士や修道女は、病人を癒したり、空中浮揚をするなど奇跡を起こすことができたとされている。これは、物質や自然現象を支配する霊に働きかける霊能力が使えたからです。

イエス・キリストは、この世と霊界を造られた神様の霊を使うことができたので、この世の全て物質や現象に影響を及ぼすことができたのです。当然、病人を癒し、死人を蘇らせ、嵐を静めることもできたのです。

イエス・キリストと神様を信じる者も、そのような霊能力が与えられると信じるのが、本来のキリスト教なのです。

これは、全ての宗教について言えることであり、それぞれの宗教の霊的な強さの度合いに応じて霊能力が与えられている。その霊能力で最大の力を持った宗教がキリスト教なのです。

日本人は、それぞれ独自の霊能力を持った仏教や神道を否定する必要はないが、それより、万物の創造主に近いイエス・キリストの言葉を学ぶ必要がある。それだけキリスト教の霊能力は強いのです。

純粋に強い信仰を持てば、イエス・キリストのように、嵐を静めることができるようになる。台風も地震も抑えられる。このような霊能力を持った人間を新天皇として立てれば、日本は自然災害から守られ、また、平和も経済発展も実現するのです。

全ての物質や自然現象には独自の霊が働いている。石や台風にも霊がある。その霊を扱えるのが、イエス・キリストの霊能力であり、さまざまなな宗教も、そのような万物の霊とつながろうとしている。だから、日本の霊格の高い僧侶などは奇跡を起こせる。

ただし、今の天皇家には霊能力が失われているので、もはや、自然大災害から国民を救うことはできない。霊能力に優れた人物を新天皇に立てるのが、日本を救う途なのです。(ただし、現天皇家は歴史的価値があるので、旧天皇家として政府の保護下におくべきです。)

イエス・キリストは万物に霊があるこを認め、それらを支配しておられるのです。

それゆえに、人間の血のつながりによる、家族よりも霊的なつながりを重んじられたのです。

ただし、聖母マリアやイエス・キリストの兄弟たちは、やがて霊的にイエス・キリストを理解するようになり、イエス・キリストの霊的な肉親となれたのです。

いずれにしても、神様の霊能力を呼び起こせば、熊本地震のような災害も防ぐことができ、被災者も救うことができるのです。霊能力を使うには、神様への祈りが必要です。それを実践するのが、霊的なキリスト教の信者なのです。