2026年7月6日月曜日
岩の上に自分の家を建てた賢い人 (マタイによる福音書 第 7 章)(a wise man who built his house on the rock)
22 その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
23 そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。
25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。
26 また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。
27 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。
28 イエスがこれらの言を語り終えられると、群衆はその教にひどく驚いた。
29 それは律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。(マタイによる福音書 第 7 章)
22 Many will say to me on that day, ‘Lord, Lord, did we not prophesy in your name and in your name drive out demons and in your name perform many miracles?’ 23 Then I will tell them plainly, ‘I never knew you. Away from me, you evildoers!’
24 “Therefore everyone who hears these words of mine and puts them into practice is like a wise man who built his house on the rock. 25 The rain came down, the streams rose, and the winds blew and beat against that house; yet it did not fall, because it had its foundation on the rock. 26 But everyone who hears these words of mine and does not put them into practice is like a foolish man who built his house on sand. 27 The rain came down, the streams rose, and the winds blew and beat against that house, and it fell with a great crash.”
28 When Jesus had finished saying these things, the crowds were amazed at his teaching 29 because he taught as one who had authority, and not as their teachers of the law.
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これは、「岩の上に自分の家を建てた賢い人」の譬えとして知られるたイエス・キリストの教えです。
また、信仰のない悪人をイエスが拒絶することを、「わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」と述べて明確にしておられる。
そして、イエス・キリストは、「律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられた」と聖書は述べている。イエスは、宗教学者などは及ばないような霊的権威を持っておられたことが明らかになっている。単なる「知識」ではなく、「権威」もイエスにはあったのです。
真実の信仰があれば、この世の浮き沈みに一喜一憂することもなく、まさに、大船に乗ったかのように安心して安全な人生行路を続けられる。また、どんな嵐にも耐えられる強固な家に住んでいるようなものであり、人生の土台が崩壊し、破滅することもない。
それは、万全の保険に加入しているようなものであり、心配とは無縁の生活が真の信仰心の上に打ち立てられる。
逆に、イエスの説教を聞いても、その言葉を実行しない者は、「砂の上に自分の家を建てた愚かな人」だということになる。この世でどんなにエリートになり、富裕層になっても、人生の危機に見舞われ、「倒れ方はひどい」と言われる人生の崩壊に直面する。それは、表には現れないかも知れないが、その人間のよって立つ信念も崩すような大雪崩となる。表面は取り繕えても、そのような人間は狂気、暗黒、混乱、喪失感、或いは、無気力・無感動状態になる。
実際に、無神論の人間が死の直前に神様の存在や霊界の存在に気が付いても、もはや、その生き方を修正することはできない。人には親切にしておくべきだったと後悔しても、もはや時間はない。このようにして、何度も何度もこの世に生まれ変わって修業を続けるしかない。これは、霊的な運命に関わる大問題です。
霊的な力や存在を認めない学者やエリートなども、死を前にしてこの世の真理に気が付いても、もはや人生をやり直すことはできない。キリスト教を慌てて信じても、死後は、霊界でイエス・キリストに、「お前など知らない、去るがよい」と言われて天国には入れてもらえない。この世の肩書や富は、霊界では何の役にも立たない。霊界では、愛と信仰の実績しか意味を持たない。そして、愛と信仰の生活は、岩の上の家のように、この世の嵐にも耐えて、その人を守るのです。
このような信仰の霊的な力、人間界での力を信じるのが、「霊的なキリスト教」なのです。