西暦2024年は皇紀2684年と呼ぶ神道にも意味がある。ただし、日本最古の遺跡は、島根県出雲市多伎町砂原で発掘された12万年前の石器群だとされている。もっとも、人類共通の祖先のミトコンドリアのイヴは16万年前にアフリカにいたとされている。アフリカで天皇家が生まれたわけでもなく、石器時代や縄文時代の日本に天皇家があったわけでもないが、天皇神道の象徴の伊勢神宮は今も、首相が毎年正月に参拝するのが慣例になっている。
しかし、日本の霊性は天皇神道の発生以前から始まっている。それを象徴するのが、銅鐸や卑弥呼の存在です。銅鐸文化や卑弥呼には天皇家の痕跡はない。日本の霊性は、銅鐸文化や卑弥呼の出現以前の縄文時代に成立したと考えられる。中国との関係で最も古い遺物は、紀元57年の志賀島の金印です。中国から倭国の王に与えられたとされる金印に天皇家は関係ない。紀元200年代の卑弥呼の邪馬台国支配も、天皇家とは関係がない。しかし、天皇神道では紀元前660年を皇紀元年としている。これは、仏陀や孔子の時代に近い。天皇神道が、仏教や儒教・道教の威力を取り込もうとしていることが分かる。
やがて、卑弥呼の血統は絶え、古代中国から流れて来たと思われる天皇家が、文化的優位(漢字や銅鏡/鉄器)をもって日本を支配し、古墳時代が始まり、今も残る仁徳天皇陵などを生み出している。以後、天皇家の支配が続いたが、天皇神道より威力があった仏教が受け入れられ、聖徳太子の霊力で法隆寺は今日まで存在している。天皇家が仏教を受け入れたこと自体が、天皇神道の脆弱さを示している。
以後、天皇家は仏教の霊力に頼るが、天皇家の内紛もあって奈良時代は行きづまり、京都に都を移して、当時の新勢力であった真言宗や天台宗に頼るが、神道系の陰陽道なども力をもつ。しかし、天皇家の霊力は衰え、仏教の霊力から力を得た武家が台頭する。
平安時代の末期から鎌倉時代の中期には日本独自の念仏系仏教や禅宗が台頭し、武家政権の樹立を支える。また、元寇は武家と仏教の霊能力で防ぐことができ、天皇家の霊力は失われた。以後は、仏教に基づく霊能力をもった武士の間で政権が交代する。ただし、武家が天皇神道を超える宗教を生み出すことはなかった。その可能性があったのが、切支丹を優遇した戦国時代の覇者、織田信長です。
しかし、信長は仏教勢力や天皇家と対立し、彼らの呪力の影響で本能寺で暗殺された。秀吉は天皇家にすり寄ったが、朝鮮出兵に失敗し、天皇家を遠ざけた家康は天台密教を優遇し、天下を統一した。ただし、信長が優遇した切支丹は警戒され、弾圧された。そして、徳川家と仏教勢力が支配する江戸時代が明治維新まで続く。それでも、日本の霊性に根差す神道は廃れることはなかった。
幕府を倒した明治新政府は、天皇神道をかついで、日清・日露戦争に勝ったが、これは幕末から生じた新宗教(天理教、金光教、黒住経、大本教)の霊能力の影響が大きい。しかし、軍部は天皇神道を国民に強要し、中国やアメリカと戦争を始め、300万人の国民を戦死させ、日本はアメリカに占領された。天皇神道の完敗だった。戦後はアメリカのキリスト教精神に基づいた憲法を採用して日本は平和と繁栄を達成する。しかし、天皇家は象徴として存続する。仏教は葬祭宗教となり、神道は新興宗教の源泉として存続する。
卑弥呼の時代に霊能力をもって台頭した天皇家は、現在まで存続しているが、その霊能力は千年前の平安時代末期に失われている。しかし、仏教とつながった武家は、古代から続く天皇家の権威を利用して存続させ、明治維新政府も天皇神道を利用したが、もはや霊能力のない天皇家はキリスト教国のアメリカには対抗できなかった。仏教勢力も天皇神道を上回ることはできず、キリスト教の霊性を持ったアメリカによって完全民主化されるまで日本は霊的に混乱していたことになる。
日本の歴史が示すのは、神道や仏教の霊力よりもキリスト教の霊能力が優れていることです。また、神道や仏教も日本の古来の霊性につながって発展したものと考えられる。人類の霊性はアフリカで生まれ(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教につながる)、チベット高原で高められ(ヒンドゥー教や仏教につながる)、日本でも成長した(日本霊性につながる)という高級霊の証言もある。その日本の霊性と結びついたのが天皇神道だが、その霊能力は既に千年前に失われている。来るべき21世紀の悲劇に対抗するには、霊能力のない現天皇家を廃し、霊能力のある人物を新天皇に選ぶ必要がある。世界の霊的主流はキリスト教やイスラム教などの一神教です。
この意味で現代の心霊主義は、日本の伝統的な霊性とキリスト教の霊性に近い。霊界には神道や仏教の大霊もいるが、霊界の創造主は神道や仏教の大霊も支配している。日本の歴史は、日本人が霊界を認識し、唯一の神様を認める過程だったということになる・・・