2022年3月25日金曜日

永遠の幸福を、死後の天国で求めよ・・・

富士山、遠望
 

2022年の2月は、日本にとって象徴的な時期だった。

コロナはまだ収束せず、福島沖でやや大きな地震が発生し、そして、世界ではロシアがウクライナ侵攻を開始した。感染症、自然災害、そして、世界的動乱につながる紛争が生じた。これは、神様の怒りの現れだと考えられる。日本だけでなく、世界の現状に対する神様の警告です。

2020年に予定されていた東京オリンピック前には、2020年にはオリンピックで外人観光客が増大し、日本経済は活性化すると誰もが思っていた。しかし、2022年の3月の今では、2021年に延期・実施された東京オリンピックの記憶も消え去り、2022年の冬季の北京オリンピックの印象はウクライナ戦争で吹っ飛んだ。中国ですら、コロナの再拡大が見られ冬季オリンピックの効果は見られない。むしろ、ウクライナに軍事侵攻するロシアを助ける中国の姿勢に、欧米は不快感を隠さない。世界では、コロナで既に600万人も死亡しており、ウクライナ問題は石油価格などの上昇を招き、最悪は核戦争につながるとの不吉な観測も出ている。まさに、世紀末が20年遅れてやってきたと思われる。

さらに、この不安な状況は長引くと思われる。コロナは中国の非協力で、いまだに、その発生状況も究明されていない。コロナ・ウイルスの変異速度は速い。より凶悪な新種のウイルスが発生する可能性は常にある。日本は、首都直下型地震や東南海大津波に脅え続けねばならない。そして、ロシア・中国が民主化しなければ、いずれ第三次世界大戦規模の軍事衝突がロシア・中国の周辺で発生すると予測される。要するに21世紀は不安の世紀になる。

現在の世界文明は、2000年前に人間世界に現れたイエス・キリストに基づく、欧米のキリスト教文化を基本としており、その文化から現代の科学・技術・社会体制・民主主義が生じ、その恩恵を全人類が享受している。しかし、人類は物欲に走り、マネーを世界の共通言語とし、人間の欲望につけ込む悪魔を神のように崇めるにいたった。世界のどこでもマネーは物を言い、自分の幸福のためには悪魔に魂を売る人間ばかりになり、エリートは悪魔を神のように崇めている。世界文明の中身は、腐敗・堕落し、人々は悪魔に洗脳され、悪をなして富を得て奢る人間が世の主流になり、悪魔に従う富裕層・エリートが人間社会を支配している。そして、富裕層・エリート・上流階級・成功者の上には、悪魔が君臨している。この状況に神様が怒らないわけがない。イエス・キリストから2000年経って、神様の裁きが行われる時が来たと考えるべきです。

問題は、なぜバチカンを始めとするキリスト教会が無力なのかということです。聖職者が聖書を霊的に理解する能力を失ったということが、最大の問題です。キリスト教だけでなく、世界の宗教が霊的な力を失ったということです。むしろ、心霊主義、スピリチュアリズムと呼ばれる霊性重視の活動に、将来の鍵があるように思われる。ただし、聖書を霊的に読めば、心霊主義、スピリチュアリズムも自然と理解できるものであり、あくまで伝統的なキリスト教を基本として、霊性を高めるべきです。

この2千年で最大の霊能力者と言われる18世紀のスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊によって、この世に生きながら霊界に導かれたと言われています。伝統的なキリスト教や仏教を基本としない心霊主義は、オカルト的な新宗教を生み出し、オウム真理教やイスラム過激派のテロを生み出す可能性があるのです。あるいは、サイババのような怪しげな人物がインドのような国の英雄とされる。霊能力は必ずしも、高い道徳性や優れた神性を持つことは意味しない。霊能力を誇っておごり高ぶり、自分を仏陀やイエス・キリストと同格とする半狂人も生み出す危険があるのです。

実際、聖書で世の終わりが近づくと「偽キリスト」や「魔術師」が現れると言われている。超能力や霊能力で、結局はカネ儲けを行い、自分の名声と幸福を求める人間が出てくるのです。彼らの背後霊は、まさに、悪魔なのです。悪魔が、「自分は仏陀やキリストだ」と名乗って、彼らの心を支配しているのです。「偽キリスト」や「魔術師」に従っても、死後、天国には入れません。悪魔は、超能力や霊能力のある宗教家も支配します。「霊界には無限の愛がある」と言う宗教家も、悪魔と戦って天国に入る必要があるという、聖書の教えを無視するようになります。実際に、聖書は悪魔と戦うイエス・キリストの物語なのです。自分の幸福だけを求める人間は、悪魔に従って得た物的幸福を、神様からの愛の現れだと誤解するものです。何もしないでも、死後は、愛に満ちた霊界に入れるというのは、悪魔の教えなのです。

答えは、やはり、イエス・キリストの言葉にあります。「金持ちは、天国には入れない」という教えです。悪魔に魂を売らずに、社会の底辺で、貧しい暮らしをする者が、死後、天国に受け入れられる、ということです。イエス・キリストは、「貧乏人は喜べ、天国で幸福になれるのだから」と仰っています。この教えでは、人間の霊魂は肉体の死後も存続するというのが前提です。この正しい死生観に沿って、全ての宗教は一新されるべきなのです。

物質的な富、幸福、成功を目標とする現代文明は、このイエス・キリストの教えに沿って変革されるべきです。限られた時間のこの世の幸福ではなく、永遠の幸福を、死後の天国で求めよ、という教えが世界中の人々に浸透した時、世界は変わるのです。これを、聖書では、「神の国が来る」と言います。

今は、そのような文明の変革が求められている時なのです・・・