聖母マリアが警告した「時の終わりの悲劇」が近づくにつれ、世の中は腐敗・堕落の度を深めている。
これは、人類の物質文明の腐敗・堕落に伴うものであり、日本だけではなく、キリスト教文化の欧米発祥の現代科学・技術の影響下にある全世界的な問題です。明治維新以来、欧米の科学・技術を取り入れ来た非キリスト教国家の日本も当然、その影響を免れない。
特に、行き過ぎた資本主義、狂気のような全体主義の問題が、21世紀になって明らかになった。2008年頃のウォールストリート発の世界金融危機、2010年代からのロシア・中国の覇権主義が、世界の安定を脅かすようになった。2020年以降は、中国発のコロナ大感染とロシアのウクライナ侵攻、トランプの米国議会攻撃など、世界の危機が加速している。日本では、平成の天皇の利己的な退位、安倍元首相の殺害、福島原発の汚染水の海洋処理など異常な事態が続いている。
今後、第三次世界大戦がヨーロッパで勃発し、また、世界異常気象などの自然大災害が生じると思われる。最悪、極移動が生じ、世界の自然は大きな危機に瀕する。
2千年前にイエス・キリストが、この世に現れて、その教えが世界に広まって平和と民主主義などが普及し、人類の生活水準は向上したが、科学・技術の発展は武器の危険な発展を促し、また、経済も高度化し、多くの人が富裕化すると同時に精神性が失われた。今では、カネが世界の共通言語になっている。経済的価値に最大の重きを置く考え方が世界の主流となり、「何でもカネで解決できる」という思想が世界の主流になっている。これは、カネに姿を変えた悪魔が2千年かかってイエス・キリストの教えを覆した結果だとも言える。だから、聖母マリアは「神が人類を罰する時が来た」と警告を与えているのです。
2千年前にイエス・キリストは、「金持ちは、死後、天国に入れない」と明確に宣言し、「人は神と富とに兼ね仕えることはできない」と述べ、富やカネが人間を堕落させるものであると明らかにしました。
つまり、人間はカネを得るためには、それだけ世の中の悪を受け入れ、悪魔に魂を売るようになる、ということです。富を得れば、得るだけ人間は、神様から遠ざかるのです。周囲の貧しい人間を無視して、又は、周囲の人間を貧しくしてでも、利己的な富と成功を得ようとするようになるのです。さらには、石炭、石油、ガソリン、その他の資源を浪費し、自然を破壊してでも、物質的な繁栄を図ろうとする。世界中の人間が富豪になれば、世界中の資源が枯渇し、自然界は滅茶苦茶になる。21世紀は、そういう限界状態になったということです。
これは、科学や技術が飛躍的に発展し始めた20世紀の初めに、欧米や日本で心霊主義が注目を集め、さまざまな霊的現象や聖母マリアの出現が生じたことにも表れている。第一次世界大戦中にはファティマで聖母が出現し、第二次世界大戦前には日本で大本などの心霊主義に基づく新宗教が生じ、第二次世界大戦後もさまざまな霊能力者や超能力者が現れ、人々に霊的な関心を持たせるようにするという動きも見られたが、科学・技術の発展はその動きを上回り、人々はますます神より富を求めるようになった。そして、21世紀になったのです。
この破滅への動きを止めるには、富と繁栄を求めるよりも、神様への賛美と隣人愛を追求すべきであり、日本の伝統的な清貧の生き方を目指すべきなのです。しかし、今からではもう遅い。人類の物質文明の腐敗と堕落は止まらないが、まだ神の教えに従った生き方をすることで、死後に地獄に落ちないでもすむようになる。
極端に言えば、経済的な豊かさの中に悪魔を見て、物質的な幸福の中に地獄を見よということです。豊かさと物質的な繁栄は、悪魔に魂を売って得られるものです。つまり、富と繁栄から離れた人生を送れ、ということです。富と繁栄の最後には、狂気と破滅が待っていることを知るべきです。悪魔に魂を売らずに、善と隣人愛を追求していれば、人間は貧しい生活を強いられることになる。しかし、神様は必ず助けを送ってくれるし、死後は、天国に入れてもらえるのです。
カネは人間に悪を受け入れさせるために、悪魔が用いる小道具であることを意識すべきなのです。善人として清貧生活を送ることで、今世紀の悲劇の中でも神様に助けられて生き抜くことができるのです。まさに、「カネを求める生き方を悔い改めよ」というのが、神様の教えなのです・・・