2026年7月11日土曜日
「世はあなたがたを憎み得ないが、わたしを憎んでいる」 (ヨハネによる福音書 第 7 章) (”The world cannot hate you, but it hates me.")
2 時に、ユダヤ人の仮庵の祭が近づいていた。
3 そこで、イエスの兄弟たちがイエスに言った、「あなたがしておられるわざを弟子たちにも見せるために、ここを去りユダヤに行ってはいかがです。
4 自分を公けにあらわそうと思っている人で、隠れて仕事をするものはありません。あなたがこれらのことをするからには、自分をはっきりと世にあらわしなさい」。
5 こう言ったのは、兄弟たちもイエスを信じていなかったからである。
6 そこでイエスは彼らに言われた、「わたしの時はまだきていない。しかし、あなたがたの時はいつも備わっている。
7 世はあなたがたを憎み得ないが、わたしを憎んでいる。わたしが世のおこないの悪いことを、あかししているからである。」(ヨハネによる福音書 第 7 章)
2 But when the Jewish Festival of Tabernacles was near, 3 Jesus’ brothers said to him, “Leave Galilee and go to Judea, so that your disciples there may see the works you do. 4 No one who wants to become a public figure acts in secret. Since you are doing these things, show yourself to the world.” 5 For even his own brothers did not believe in him.
6 Therefore Jesus told them, “My time is not yet here; for you any time will do. 7 The world cannot hate you, but it hates me because I testify that its works are evil.
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これは、イエス・キリストの家族について記された聖書の中の少ない記述です。
イエスには兄弟がいたが、彼らはイエスが神様の子であり、救世主だということを信じていなかった。ここから、さまざまな説が生じている。イエスの生涯を霊視できたという作家もいる。また、霊感に基づいてイエス・キリストの生涯を描いた作家もいる。2千年前の無名の人物について、その存在を証明することは難しい、しかし、ローマ軍の公式な記録や、ユダヤ教の歴史を調べた人がイエス・キリストの存在を信じていたので、イエスの存在は間違いがない。
全く存在しない人物について、新約聖書が書かれるということは考えられない。
最初にイエス・キリストのことを書いた歴史家は、ティトゥス・フラウィウス・ヨセフス(37年 - 100年頃)であり、「帝政ローマ期のユダヤ人政治家、著述家。66年に勃発したユダヤ戦争で当初ユダヤ軍の指揮官として戦ったがローマ軍に投降し、ティトゥスの幕僚としてエルサレム陥落にいたる一部始終を目撃。後にこの顛末を記した『ユダヤ戦記』を著した」(Wikipedia)とされている。
イエスもブッダのように、自ら書物を記すことはなかった。四人の人物が、イエス・キリストの生涯を記し、初期教会で広く読まれたので、新約聖書の中に入れられることになった。
新約聖書とは、「イエスの言行を伝える使徒による福音書と、その手紙などからなるキリスト教の教典。はじめコイネーで書かれ、4世紀末にラテン語訳された。16世紀の宗教改革期に印刷され、普及した」(世界史の窓(https://www.y-history.net/appendix/wh0103-143.html))とされている。
ただし、福音書の作者自体もよく知られていない。AIでは、四人の福音書の作者について、「4人の作家は、イエスとの関係性や、それぞれが執筆した書物の特徴によって以下のように分類されます。
マタイ:イエスの直弟子(十二使徒)の一人。人間(または天使)が象徴。
マルコ:使徒ペテロの通訳や弟子とされる人物。ライオンが象徴。
ルカ:医師であり、使徒パウロの旅の同行者とされる人物。雄牛が象徴。
ヨハネ:イエスの直弟子(十二使徒)であり、「愛された弟子」とされる人物。鷲が象徴」とされている。
また、イエスの兄弟については、「イエスの兄弟縁者達はエルサレム教団の指導的地位を占めたが、パウロ派の教団と一線を画した。前者がユダヤ人を対象としたのに対して、後者が異邦人を対象としたからである」とWikipediaで紹介されている。
要するに、キリスト教は2千年前に無名のユダヤ人が一人で始めた宗教であり、今でもイエスを信じないユダヤ教徒は多い。新約聖書が定められるまで、イエスの死後約300年たっており、イエス・キリストの生涯については、まだ謎の部分がある。現代では、その生涯について映画もつくられ、小説も書かれている。特に霊感に従って、イエスの生涯を書いたという修道女や作家もいる。
さらに、日本でイエスが死んだという説もある。また、イエスは若いころにインドで修業をしたという説もある。ブッダや孔子も2500年前に現れた人物だが詳しいことは謎です。イエス・キリストも、キリスト教がローマ帝国の国教となるまでは、一部の信者に知られていただけの人物であり、聖書の福音書が第一の歴史的記録になっている。
まさに、霊感を得て霊視しなければ、真実は分からない。
それでも、聖書の記述を信じる人は世界に10億人を超える。
実際、イエス・キリストに霊能力がなければ、今日までキリスト教は伝えられなった。聖書自体にも霊的表現が多い。霊的能力がなければ、イエス・キリストの兄弟でも、イエスが神様によって遣わされた者であることに気がつかない、
イエス・キリストは、インチキ宗教家ではなかったことを認めることが、信仰の第一歩なのです。