2026年10月1日木曜日

あなたの宝のある所には、心もある (マタイによる福音書 第 6 章) (where your treasure is, there your heart will be also)


19 あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
20 むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
21 あなたの宝のある所には、心もあるからである。(マタイによる福音書 第 6 章)

19 “Do not store up for yourselves treasures on earth, where moths and vermin destroy, and where thieves break in and steal.
20 But store up for yourselves treasures in heaven, where moths and vermin do not destroy, and where thieves do not break in and steal.
21 For where your treasure is, there your heart will be also.

+++ +++ +++

このイエス・キリストの言葉、「あなたの宝のある所には、心もある」は、印象深い教えです。

また、「虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい」という教えは、この世ではなく、死後の霊界の天国に自分の宝をたくわえよ、という教えです。

神様や、イエス・キリストの教え、聖霊や大霊の教えに従って生きる人の心は、既にこの世を離れており、その人の心は、この世ではなく、霊界の天国にあることになる。その人の心は、もはやこの世の損得、上下関係、好き嫌いの考えを去って、神様の判断、基準がその人の価値観を決めている。その人の心が霊界の天国にあれば、もはや、この世の何物によっても脅かされることはない。

そういう人は、この世で喪失感や孤独、絶望、恐怖、失意、混乱などには襲われない。悪魔ですら、もはやその人を誘惑できないし、攻撃すらもできないのです。自分の宝が、悪魔も手が出せない天国にあれば、安心して神様の教えに従って、生きていくことができる。

これが、人間にとって最良のベストの生き方なのです。

この世では、人は自分の宝、たいていは、その人の命や財産、富をもたらすさまざまな秘密、人間関係、特権や地位、肩書にこだわる。そして、それらを守るために、悪魔と手を握ってすら、自分の宝を守ろうとする。社会で全員がそのような生き方をしていれば、社会全体が地獄になる。

しかし、自分の宝が天国で神様や天使に守られていることを知っている者は、悪魔の誘惑や計略、脅しには耳を貸さない。まさに、大船に乗ってこの世の激流を渡っているのです。

仏教では、全ての欲望と執着を離れよと教える。最後に人間が執着するものは、自分の命です。自分の命を守ろうとして、人はあらゆる悪を必要悪だとして正当化する。だから、もはや個人の命のない世界が、仏教では最高の境地だとされている。

しかし、そうすると神様すら存在しない世界が最高の世界だということになる。そこには、悪魔は存在しないが、人間の心も存在せず、神様を讃える天使もおらず、神様すら存在しない。要するに、全ての存在するものを否定することになる。

神様は「私はあって、ある者である」とご自分のことを人間に知らされた。つまり、全て存在するものは、神様が存在するから存在することになる。だから、神様が存在しようと意志されたから天国や霊界が生じ、その下に物質界や人間界が存在するのです。人間は、その神様の意思の中で存在が許されたものであり、最初からその存在は、神様に依存しているのです。

だから、神様のいる天国に、人間にとっての一番大事な宝、つまり、自分の命を置いておくのが当然であり、最も安全な生き方だということになる。

このイエスの教えは、「神とは何か」や「人間の価値判断の源は何か」いう問題や、「人間を脅かすものとは何か」などという。根本的な問題と関係する。

つまり、全ての問題は、神様が直接支配されている霊界の天国にいれば解消する。世の中でさまざまなことで悩んでいても、天国と言う自宅に帰れば、全ての問題が解決するようなものです。その自宅に神様がおられるからだ、というのがイエス・キリストの教えなのです。

ただし、どんな教えを聞いても、心の底で、或は、魂の中で万物の創造主、支配者、所有者の神様のご威光を認めない人間は、それが理解できず、自己中心の考えに陥り、やがては、悪魔と手を組んで、間違った、或いは、狂った生き方をするようになる。

そうならないように、イエス・キリストは、まず、霊界とこの世の真理を人間の教えておられるのです。

「自分の宝は天国に積み、天国のことを常に考えよ」という教えです。この意味で、そのような人間は、この世の存在というより、霊界の天国の住人だということになる。そして、そういう人間は、この世でも無意識で霊能力が使えるようになる。

ただし、そのような霊格は、人格がそうであるように、無限の段階があり、無限の態様がある。霊界からこの世を監視している天使たちにとって、この世は見飽きることはないのだろう。それが、人間は人生を楽しむべきだという教えにもつながるが、そのような世界を離れてこそ、神様に近づけるのだという教えもある。

結局、人間は自分の宝を抱えて、神様の恵みの中で平安に生きるのが、幸福だということになる。その最低条件が、神様やイエス・キリスト様への信仰心を持つことなのです。

神様やイエス・キリストの言葉は、人間なら直観で分かるようにできている。よく考えて見れば、イエス・キリストの教えは、全く当然のことなのです。宝は安全な所に積むべきなのです。