2022年3月31日木曜日

神の存在と霊界の存在について・・・


神様の存在を認めない人間でも、自分が存在することは認めている。自分の心は存在することは認めている。だが、そういう人間は、なぜ自分が存在しているのか説明することはできない。

その場合、「自分も世界も偶然、存在している」と考えるしかない。ましてや、「死後の世界など分かるわけがない」、と考えている。それなら、「この世で生きている間に、手段を選ばず幸福に生きよう」ということになる。こういう人間の背後には悪魔がいる、というのが正しい宗教の教えです。

人間は、「自分の力で存在するようになったのではない」、と考えれば、神様が人間を存在させるようになったと考えるしかない。全く偶然に、この大宇宙で人間が生まれてくる可能性は、ほとんどゼロです。それほど多くの複雑な自然条件が重なって、この地球で人類が生じたのです。しかし、人間の心は、単にその自然の延長にあるわけではない。「この自然の宇宙の外側の霊界から、物理的な自然の体内に霊魂が入り、心が生じた」と考えるしかない。

心が単に自然の延長であれば、人間には神様を考える力など不要なのです。人間は偶然に生じ、自然に死んで行くものであれば、人間は死など恐れず、あるいは、死など理解できずに、何も考えずに動物のように死を迎えるはずです。そうであるなら、宗教など生まれるはずがないのです。

この世に宗教が存在し、霊魂の存在を信じる人間が多くいること自体が、人間が単に自然の物理的な存在ではなく、目に見えない霊界とつながる存在であることを示しているのです。もし霊界は存在せず、何故か分からないが偶然に存在するこの世に、偶然存在するのが人間であれば、人間が宗教を生み出したり、精神的な悟りを求めたり、神様を崇めたりするようになる必要はないのです。自然の向こうに神様の力を感じることはないはずです。しかし、「人間の心は、霊界と結びついた霊魂から生じたものである」と考えれば、人間が霊界の主である神様を崇めるのは理解できるのです。

「この世の向こうに霊界があり、人間の心は霊界から生じた霊魂の働きによるものである」と考えれば、「肉体が死んでも、霊魂は死なない」ということが理解できます。昔から「霊魂の不滅」と言われますが、まさに、この言葉は「霊魂は、この世では死なない」ということを意味しているのです。「この世で肉体が死んだ後、死者の霊魂は霊界に帰る」、という真理に基づいてキリスト教や仏教は打ち建てられたのです。

そもそも、人間が自然から偶然生まれたものであれば、人類はさまざまな武器を作り出して他の動物を征服したときに、それ以上進化する必要がなくなり、その後の精神文化を生み出す必要もなかったのです。百獣の王となった人類は、その段階で進化も、文明の発展も止まってしまったはずです。しかし、その後も精神文化を発展させ、宗教を生み出してきたこと自体が、「人間の本質である霊魂はこの世の自然界から生じたものではなく、霊界からきたものである」ことを示しているのです。

従って、霊魂に重きを置く、心霊主義やスピリチュアリズム、それを売り物にする新宗教が人々にアピールするのも理解できます。しかし、キリスト教や仏教、神道も本来、霊的な意味をもっていたのです。伝統的な宗教も、この世に生きる人間を、その霊魂と霊界と結びつけることで、人間の存在を本来の姿に戻し、霊界を正しく認識させることで、間違った死生観、世界観から救おうという働きをもっていたのです。ただし、現在のキリスト教も仏教も、霊的問題を軽んじる傾向にあります。

霊能力を持った人間もいますが、その能力に思い上がって、自分が神だと主張する場合もあります。心霊界の悪霊や悪魔は、霊能力者の心に入り込んで、狂わそうとします。自分の守護霊は仏陀やキリストだと主張する霊能力者には要注意です。霊能力者が「自分は神だ、あなたも神になれる」などと言い出すのは危険な兆候です。

確かに死後の世界、霊界は存在しますが、霊界には「悪魔や悪霊」も存在します。神様が人間を守ろうとしないなら、人間は悪魔や悪霊に滅ぼされれることになります。まず、聖書や仏典を読んで、正統の教えを学び、その後、霊性を高めるべきなのです。そして、霊界を認めるということは、神様の存在を認めることなのです。

「たった一度の人生だから、どんなに悪い事をしてでも」などとと考えるのではなく、「死後には、あの世や霊界があるのだから」と考えて、神様の教えに従うことが正しい生き方なのです。


2022年3月28日月曜日

「霊」と「死後の世界」の問題より、貧乏人の救済が大事! それでも、「霊」重視の宗教が必要!

                                                    
 
悪人は、死後の世界が存在することを知っても、この世での生き方を変えることはない。また、地獄があると聞かされても、悪事はやめない。

それは、地獄に落ちたユダヤ人の金持ちが、まだ生きている自分の兄弟は地獄に落ちないように、死後、天国に入った貧乏人のラゾロを彼らに遣わして、生き方を変えるように言ってくれと、霊界で高い地位にあるユダヤ人の始祖、アブラハムに頼むという聖書の話しに現れている。この頼みに対してアブラハムは、たとえ死からよみがえった者が忠告しても、金持ちは生き方を改めないと言っている。
ルカによる福音書第16章
27 そこで金持が言った、『父よ、ではお願いします。わたしの父の家へラザロをつかわしてください。
28 わたしに五人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告していただきたいのです』。
29 アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。それに聞くがよかろう』。
30 金持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが兄弟たちのところへ行ってくれましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。
31 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』

イエス・キリストが語ったこの聖書の中の話は象徴的です。悪人(金持ち)は、死後に地獄に落ちると聞かされても、生き方は変えないということです。

これは、霊能力者が、必ずしも善人とは限らないということも意味している。死後の世界はあっても、この世以上に霊界で幸福に生きれれると信じている霊能者も多い。

また、臨死体験者の大部分も、「臨死状態で死後の世界の中の地獄を見た」、と述べる者は少ない。臨死体験で霊界の入り口まで行っただけでは、さらにその後の進む先が、生前の生き方に従って、天国と地獄に別れるところまでは見ないで、臨死状態から回復することが多い。だから、霊界の入り口の幸福感や愛の満ちた雰囲気しか伝えない。

18世紀の科学者のニュートンと同時代の霊能者スウェーデンボルグは、当時、生きながら霊界を見てきて、その体験を多くの書物に著わしていますが、「人の魂は死後、善を好む者は霊界から天国に進み、悪を好む者は霊界から地獄に進む」と述べています。つまり、あの世を信じるだけでは不十分で、あの世、即ち、死後の世界は天国と地獄に別れているのを理解する必要があるのです。

なお、モーセの教えとは、「殺すな、盗むな、姦淫するな」などの基本的な道徳的な教えを述べたものです。悪人の悪に対する性向は、地獄の存在を聞かされても止むことはない、というのが聖書の教え、即ち、イエス・キリストの教えなのです。

特に、霊界にいる悪霊、地獄の悪魔は、人間の霊に働きかけて、又は、人間の霊を支配し、狂わせ、破滅させるとスウェーデンボルグは書いています。つまり、霊能者の心も悪霊や悪魔に支配される可能性があるのです。

霊能力によって新宗教を起こすような人間でも、その能力に溺れ、やがて傲慢になり、自分を神と同格とみなす場合があります。「人間は神が作られたので、誰もが神の子だ」であるとか、「誰の心の中にも神性があり、神と同格になり得る」などというのは、信仰の欠如だと考えられます。

イエス・キリストは「人間は肉から生じたものであり、神は霊である」と仰っています。つまり、「人間は下のものであり、神や天使は上のものである」として、人間と神とを明確に区別されています。人間は神性を目指して、愛と真理を求めるべきものであり、「人間の本質の中に神がいる」というのは悪魔の教えなのです。

「死後の世界などない、死ねば全ては終わりだ。たった一度の人生だから好きなことをしろ」というのも悪魔の狂った教えですが、「人間は、誰でも死後は霊界で幸福に生きれる」というのも悪魔の狡猾な教えです。さらに、輪廻転生を説き、「生まれる前には前世があったし、死後はまた生まれ変わる」から、今の生にはこだわるな、という教えもイエス・キリストの教えとはかけ離れたものです。

今の世の中で苦しむ人を救うのがイエス・キリストの願いでした。人が苦しむのは、大部分は貧困のためであり、周囲の欲に駆られた悪人によるのです。つまり、貧乏人を金持から救うのがイエス・キリストの使命であり、そのために、「この世では貧困や、周囲の悪に苦しめらていても、死後は、天国で幸福になれる」という教えを人々に伝えたのです。

このイエス・キリストの働きを妨害するのが悪魔なのです。悪魔は、「死後はない、魂はない、霊界はない、地獄もない、たとえ、霊界があっても、この世で金持ちであることは何の問題にもならない、おまけに、神はお前の中にいて、お前も神だ」などと、狂った想念を人間の心に吹き込むのです。

霊や死後の世界について関心を持ち、探求したければ、まず、聖書を読むべきなのです。テレビで人気の霊能者の中には、テレビなどでの自分の成功を誇り、その心の隙に悪魔が入り込んでいる例もあるようです。また、霊能力を売り物にする新宗教の教祖も、その能力を誇って神の教えを軽んじ、悪魔に付け入れられることも多いようです。

霊問題は、まず、キリスト教や仏教という2千年以上の伝統を持ち、悪魔や悪霊との長い戦いの歴史がある伝統的な宗教を通して扱うのが安全なのです。

ただし、伝統的な宗教が霊問題を軽んじてきたのも事実ですから、キリスト教も仏教も変革を求めらています。驚くべきことですが、霊の存在を認めない牧師・神父や、霊界の存在も信じない僧侶もいるのが現実です。今世紀中には、全ての宗教は一新される必要があるのです・・・


2022年3月27日日曜日

イエス・キリスト「貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」

 

富士山、夕暮れ

東日本大震災も、コロナも、ウクライナ戦争も、神様による警告です。

悪魔に従う人々や、腐敗・堕落した現代文明に対する神様の警告です。

この世で幸福を得るためには、悪魔に魂を売ってでもカネ、富、地位を得ようとする人間が増えすぎたせいです。

人間は根本的に生き方を変える必要があります。宗教観、価値観、死生観を変えることが求められているのです。

まず第一に、個人にとって重要なのは、自然災害でも、疫病でも、戦争でも自分の生死です。生きるためには手段を選ばない、というのが普通の人間です。この考え方が、世界を地獄に引きずり込むのです。そして、「死後は無だ」との考えから、悪魔に魂を売ってでもカネや地位を得て、この世で幸福になろうとするのです。つまり、間違った死生観が、悪をもたらし、社会を堕落させ、世界を腐敗させ、自然災害、コロナなどの疫病への効果的な防止体制を築くことができなくなり、世界の平和も保てなくなるのです。

つまり、さまざまな危機に対処するには、「身体は死んでも、心は死ぬことはない」という真理を正しく理解することです。この真実が、イエス・キリストや仏陀の教えの基本になっています。全ての宗教は、本来、この真理に基づくべきなのです。

この世で、どんな不幸に遭っても、死後は誰もが霊界で生き続けることができるのです。この世で肉体が死んでも、人間の霊魂は霊界に入り、人間の心は生き続けるのです。これが、イエス・キリストや仏陀の教えの基本であり、前提であり、根幹なのです。その上で、死後、天国に行くのか、地獄に落ちるのかというのがキリスト教であり、魂はさらに輪廻転生を繰り返すのか、というのが仏教です。

要するに、この世での幸福に最大の価値観を置き、この世の生を絶対視するところから人間の悪が生じ、悪魔の教えが蔓延し、社会が堕落し、文明が腐敗するのです。

「人間は死後、霊界に入り、貧乏人、善人、信仰者は天国で永遠に幸福に生きる」というイエス・キリストの教えに従えば、この世の富、地位、成功、幸福にこだわり、執着することがなくなるのです。

仏陀の教えに従って、正しい悟りを得れば、霊界で涅槃と呼ばれる境地に達することができ、何度も輪廻転生を繰り返して、この世に生まれ変わって苦しい生活を送る必要もなくなるのです。

つまり、「霊魂は存在する、死後も心は生きる、死後の世界は存在する」という真理を認めることによって、人は悪魔の教えから解放され、神様によって天国で永遠の命を与えられるのです。

それでも、多くの人間が悪魔によって洗脳され、富と地位を求め、社会の成功者となり、富裕層となり、幸福を得て、エリートや上流階級となることを目指しています。彼らが、お粗末な災害対策、不十分な福祉体制、無意味な安全保障体制をもたらしているのです。そして、東日本震災が起こり、コロナ感染が拡大し、戦争が生じるのです。

つまり、この世とあの世はつながっているのです。人間の心は、死後、魂と共に霊界にはいるのです。特に、この世で悪魔に魂を売らずに貧しく、正しい生活を送った人間は、死後、霊界で天国に入り、永遠の生命を得て、幸福に生きることができる、というのがイエス・キリストの教えなのです。実際、この世の幸福を求めるのが悪の根源なのです。人間は死生観を変えるべきなのです。

イエス・キリスト「貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである


2022年3月25日金曜日

永遠の幸福を、死後の天国で求めよ・・・

富士山、遠望
 

2022年の2月は、日本にとって象徴的な時期だった。

コロナはまだ収束せず、福島沖でやや大きな地震が発生し、そして、世界ではロシアがウクライナ侵攻を開始した。感染症、自然災害、そして、世界的動乱につながる紛争が生じた。これは、神様の怒りの現れだと考えられる。日本だけでなく、世界の現状に対する神様の警告です。

2020年に予定されていた東京オリンピック前には、2020年にはオリンピックで外人観光客が増大し、日本経済は活性化すると誰もが思っていた。しかし、2022年の3月の今では、2021年に延期・実施された東京オリンピックの記憶も消え去り、2022年の冬季の北京オリンピックの印象はウクライナ戦争で吹っ飛んだ。中国ですら、コロナの再拡大が見られ冬季オリンピックの効果は見られない。むしろ、ウクライナに軍事侵攻するロシアを助ける中国の姿勢に、欧米は不快感を隠さない。世界では、コロナで既に600万人も死亡しており、ウクライナ問題は石油価格などの上昇を招き、最悪は核戦争につながるとの不吉な観測も出ている。まさに、世紀末が20年遅れてやってきたと思われる。

さらに、この不安な状況は長引くと思われる。コロナは中国の非協力で、いまだに、その発生状況も究明されていない。コロナ・ウイルスの変異速度は速い。より凶悪な新種のウイルスが発生する可能性は常にある。日本は、首都直下型地震や東南海大津波に脅え続けねばならない。そして、ロシア・中国が民主化しなければ、いずれ第三次世界大戦規模の軍事衝突がロシア・中国の周辺で発生すると予測される。要するに21世紀は不安の世紀になる。

現在の世界文明は、2000年前に人間世界に現れたイエス・キリストに基づく、欧米のキリスト教文化を基本としており、その文化から現代の科学・技術・社会体制・民主主義が生じ、その恩恵を全人類が享受している。しかし、人類は物欲に走り、マネーを世界の共通言語とし、人間の欲望につけ込む悪魔を神のように崇めるにいたった。世界のどこでもマネーは物を言い、自分の幸福のためには悪魔に魂を売る人間ばかりになり、エリートは悪魔を神のように崇めている。世界文明の中身は、腐敗・堕落し、人々は悪魔に洗脳され、悪をなして富を得て奢る人間が世の主流になり、悪魔に従う富裕層・エリートが人間社会を支配している。そして、富裕層・エリート・上流階級・成功者の上には、悪魔が君臨している。この状況に神様が怒らないわけがない。イエス・キリストから2000年経って、神様の裁きが行われる時が来たと考えるべきです。

問題は、なぜバチカンを始めとするキリスト教会が無力なのかということです。聖職者が聖書を霊的に理解する能力を失ったということが、最大の問題です。キリスト教だけでなく、世界の宗教が霊的な力を失ったということです。むしろ、心霊主義、スピリチュアリズムと呼ばれる霊性重視の活動に、将来の鍵があるように思われる。ただし、聖書を霊的に読めば、心霊主義、スピリチュアリズムも自然と理解できるものであり、あくまで伝統的なキリスト教を基本として、霊性を高めるべきです。

この2千年で最大の霊能力者と言われる18世紀のスエーデンボルグは、イエス・キリストの霊によって、この世に生きながら霊界に導かれたと言われています。伝統的なキリスト教や仏教を基本としない心霊主義は、オカルト的な新宗教を生み出し、オウム真理教やイスラム過激派のテロを生み出す可能性があるのです。あるいは、サイババのような怪しげな人物がインドのような国の英雄とされる。霊能力は必ずしも、高い道徳性や優れた神性を持つことは意味しない。霊能力を誇っておごり高ぶり、自分を仏陀やイエス・キリストと同格とする半狂人も生み出す危険があるのです。

実際、聖書で世の終わりが近づくと「偽キリスト」や「魔術師」が現れると言われている。超能力や霊能力で、結局はカネ儲けを行い、自分の名声と幸福を求める人間が出てくるのです。彼らの背後霊は、まさに、悪魔なのです。悪魔が、「自分は仏陀やキリストだ」と名乗って、彼らの心を支配しているのです。「偽キリスト」や「魔術師」に従っても、死後、天国には入れません。悪魔は、超能力や霊能力のある宗教家も支配します。「霊界には無限の愛がある」と言う宗教家も、悪魔と戦って天国に入る必要があるという、聖書の教えを無視するようになります。実際に、聖書は悪魔と戦うイエス・キリストの物語なのです。自分の幸福だけを求める人間は、悪魔に従って得た物的幸福を、神様からの愛の現れだと誤解するものです。何もしないでも、死後は、愛に満ちた霊界に入れるというのは、悪魔の教えなのです。

答えは、やはり、イエス・キリストの言葉にあります。「金持ちは、天国には入れない」という教えです。悪魔に魂を売らずに、社会の底辺で、貧しい暮らしをする者が、死後、天国に受け入れられる、ということです。イエス・キリストは、「貧乏人は喜べ、天国で幸福になれるのだから」と仰っています。この教えでは、人間の霊魂は肉体の死後も存続するというのが前提です。この正しい死生観に沿って、全ての宗教は一新されるべきなのです。

物質的な富、幸福、成功を目標とする現代文明は、このイエス・キリストの教えに沿って変革されるべきです。限られた時間のこの世の幸福ではなく、永遠の幸福を、死後の天国で求めよ、という教えが世界中の人々に浸透した時、世界は変わるのです。これを、聖書では、「神の国が来る」と言います。

今は、そのような文明の変革が求められている時なのです・・・


2022年3月24日木曜日

2031年と2047年の危機に備えよ!!

 
富士山方向の夕日

日本の現在は、20世紀半ばの第二次大戦後から始まったと言えるが、その大戦末期の前後の1944年、1945年、1946には、静岡県、三重県、和歌山県沖で東南海大地震に属する地震が起き、合計で5千人が亡くなった。

その49年後の1995年に阪神大震災で6千人超が亡くなった。

そして、16年後の2011年には、東日本大震災で2万2千人が亡くなった。

次いで、9年後の2020年には、コロナ大感染が生じ、2020年と2021年で2万人超が亡くなっている。

日本の災害の周期は、49 (7x7)年、16 (4x4)年、9 (3x3)年、1 (1x1)年となっている。

(7 = 4 + 3; 4 = 3 + 1 で、フィボナッチ数列となっている。)

2021年からは新たな周期が始まったと考えられ、コロナは2022年の今日まで続いている。従って、このトレンドが続けば、

2021年=(1年)=>2022年=(9年)=>2031年=(16年)=>2047年=(49年)=>2096年

が、今世紀の日本の危機の周期になる。2021年が真の世紀末になったと言うべきです。この年の前後で災害の周期が反転するからです。

つまり、コロナは2022年中には終息し、2031年までは東南海大津波や首都地震は発生しないが、2031年、2047年には東南海大津波や首都地震、富士山爆発が生じ、2096年には第三次世界大戦級の大災害が生じると思われる。そして、22世紀には全く新しい状況が日本と世界で始まると考えられる。

キリスト教の歴史でも、第1世紀の33年頃にイエス・キリストが十字架刑で処刑され、66年頃にユダヤ戦争が始まり、99年頃に福音書が完成し、130年頃にエルサレムがローマ軍によって完全に破壊されています。これは、33年の周期を示し、歴史には周期性があることを示している。

現在は、イエス・キリストの生誕以来2000年が経った時代であり、世界的な大変動が生じてもおかしくない時代なのです。今世紀に「最後の審判」や「この世の終わり」と聖書で呼ばれる危機が人類に臨むことは確かだと思われます。従って、日本にもそれなりの危機が訪れるはずです。

日本は世界の一神教文化に参画するために、ユダヤ・キリスト教を本格的に導入し、事実上の天皇制国家から脱却し、大統領制を採用し、世界文明を主導する立場に立つことが求められています。世界は、旧来の宗教観を変え、霊的な一神教に向かう必要があります。

即ち、人の霊魂は死後も存在することを前提とした宗教観に基づいて、新たな一神教を採用すべきなのです。22世紀に、人類の死生観は一新されるはずです。それによって、正しい信仰を持った人間が未来の文明を担うべきなのです。そのために、21世紀は大きな変革を経験する時代になるはずです。

日本でも、仏教・神道・新宗教は全て世界的な新たな一神教に統合されるでしょう。しかし、それまでに多くの自然災害や国際的な危機を通り抜けねばならないでしょう。ただし、神様は歴史の周期性を示され、未来への案内をされるはずです。

取りあえず、2031年と2047年の危機に備えることが、日本には求められるのです。


2022年3月17日木曜日

悪魔に魂を売らず、貧しい生活を送る人間は、神様に助けられる!!

相模湾

人生の問題は、この世だけでは解決されない。

この世の問題は、死後、霊界に入って答えが出る。ただし、自殺はさらに問題を悪化する。この世では、苦しみ、あの世では、幸福になる、これが普通の運命です。

貧乏人、善人、信仰者は、この世で苦しんでも、死後は、天国に受け入れられ、天国で幸福に生き、神様に永遠の命を与えられる。これが、神の子イエス・キリストの教えです。

ただし、富裕層、悪人、不信仰者は、この世で幸福でも、死後は、地獄に落ち、いずれ悪魔と共に神様によって滅ぼされる、これが第二の本当の死です。これが、神の子イエス・キリストの教えです。

そもそも、人がこの世で苦しむのは、社会によって苦しめられ、権力者やエリートによって苦しめられ、富裕層や金持ちによって苦しめられ、邪悪な人間、凶悪な人間、隠れた敵対者によって憎まれ、無視され、利用され、黙殺されるからです。

そこで、キリスト教を事実上の国教とする欧米では、この2千年にわたって文明と文化を発展させ、キリスト教の精神を基盤とする民主主義を構築・採用してきたのです。民主主義の人権、福祉、平和の尊重は、全てキリスト教の精神から出てきているのです。ただし、欧米も悪魔の影響を受け、さまざまな反キリスト的な動き、腐敗、堕落が見られます。その例がLGBT問題です。聖書では、LGBTは禁止されています。これは、人間社会を破壊する動きにつながります・・・。欧米の反キリスト勢力が推進するLGBT促進には要注意です。

しかし、キリスト教の精神を基盤とする民主主義を全面的に採用しない中国・ロシアは危険な存在です。今世紀中に中国・ロシアの現在の強権的な独裁体制が亡びなければ、人類の未来は危ない。今世紀に第三次世界大戦が生じてもおかしくない。日本もそれに備えるべきです。

それでも、先進民主主義国で拝金主義が横行し、経済のために自然環境の破壊が進めば、神様が人類の歴史に介入し、人類の文明を破壊するかも知れない。これが、世の終わりです。

そのような悲惨を回避するには、全人類が拝金主義を放棄し、悪魔と手を切り、神様の教えに立ち返ることが求められます。神様を選ぶか、悪魔に従うかが問われているのです。

マタイによる福音書
第 6 章
24 だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
25 それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
26 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
27 あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
28 また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。

このイエス・キリストの教えは、悪魔に魂を売ってでも豊かな生活を求める人間に警告を与えるものです。

神様を信じて、祈り、助けを求めれば、富がなくても、この世の危機、苦しみから救ってもらえるというのが、この教えです。

逆に、富裕層、上流階級、エリート、成功者、有名人、幸福な人間は、全て悪魔に魂を売って豊かな生活をしており、死後は、霊界から地獄に落ちることにるのです。

つまり、この世で悪魔に魂を売らず、貧しい生活を送る人間は、この世では神様に助けられ、死後は霊界から天国に入って、永遠の幸福を得られるのです。

これが、イエス・キリストの教えであり、これを信じるのがキリスト教なのです・・・


2022年3月16日水曜日

悪魔が支配する世の中で、安全に生きるには、聖書を読むこと!!

神社

世の中には霊能力者という人がいる。

普通の人間には見えない天使、死霊、生霊、動物霊や悪霊、悪魔が見える人がいる。あるいは、魂の体外離脱、幽体離脱などを行うことができる。または、故人の霊を呼び出して会話をすることができる。ただし、霊能力があるからと言って、善人であるわけではない。人格と能力は必ずしも比例しない。

あるいは、超能力者という人がいる。

普通の人間にはできない空中浮揚や透視力や千里眼、未来の予知、過去の事実の透視などができる。ただし、超能力があるからと言って、善人であるわけではない。人格と能力は必ずしも比例しない。

このような人が、日本では幕末・明治以降の新宗教の教祖になった例が多い。あるいは、霊能力者を演じて新宗教のインチキ教祖になった例もある。

例えば、物質化という能力がある。超能力によって空中から物質を取り出す。これが出来れば、ダイヤモンドや金塊、札束を空中から取り出すことができることになる。ただし、有名なインド人の超能力者でも、空中から物質化できたのは、マジックにでも使えそうな怪しげな灰や、どこにでもあるような金属の装身具であって、とても、ダイヤモンドや金塊、札束などを空中から取り出してはいない。この能力をフルに使えば、1日で世界一の金持ちになれるだろうに・・・

実際、今の日本にも霊能力者や超能力者はいるだろうが、科学的な研究に協力する人はいない。あるいは、その能力を使って、北朝鮮による拉致事件や、迷宮入り事件などを解決したり、冤罪事件の真犯人を明らかにするような社会的貢献はしていない。または、未来の社会的な危機を予言して、被害を最小限に防ぐような貢献はしていない。たとえば、コロナ・ウイルスに勝てるような超能力をアピールする人もいない。

日本では、伝統的に深山などの修行で霊能力や超能力を獲得する行者と呼ばれる人もいるし、真言宗の元祖の空海などは霊能力や超能力を持っていたとも言われる。しかし、修行をすればこのような能力が得られるという保証はないし、霊能力や超能力の科学的な研究に協力する人も少ない。また、どんな条件でも環境でも、霊能力や超能力を発揮できると言う人もほとんどいない。それでも、科学で証明できないからと言って、霊能力や超能力を否定することはできない。そもそも、人間の心の存在も働きも、科学的には証明できないが、自分の心が存在するのは誰でも信じている。(「心の存在は科学的に証明できないから、自分の心は存在しない」という人間は、狂った人間だと言うことになる。)

なお、一般に本物だと思われる霊能力者は早死にしている。長南年恵や宜保愛子は、その時代の女性の平均寿命より短かく、この世を去っている。霊能力があっても、特に長命を得るとは限らない。ただし、チベットの聖者には何百歳も生きた者がいると言う言い伝えがあるし、ダライ・ラマなどは輪廻転生で何度もこの世に生まれ変わっているという。やはり、人間の生死は神様の領域に属するものだと考えられる。

ちなみに、イエス・キリストが霊能者/超能力者であったことは聖書に書かれている。イエス・キリストが霊能者/超能力者として起こした数々の奇跡を、疑いなく信じることがキリスト教を信じることでもある。ただし、神父・牧師の中にはそのような奇跡も、霊魂の存在も信じていない人間がいる。キリスト教の学問的、社会的、経済的な力を求めてキリスト教を教えるのを職業としている人間も多い。自分は信じていないイエス・キリストの霊能力/超能力を記した聖書を、おとぎ話のように教えている聖職者も多い。

霊能者/超能力者のイエス・キリストは、その力を自分が神様によってこの世に派遣されたことを証明するために、または、病や貧困、悪魔の影響で苦しむ人を救うためにのみ使われた。信用できる霊能者/超能力者とは、人助けのためにその能力を使う人であるということになる。従って、霊能力/超能力でカネもうけをする人は信用できない。

また、18世紀の著名な霊能力者スウェーデンボルグは、悪霊は霊能者の心にも入り込むと言っている。悪魔は、霊能者/超能力者の心をも支配しようとする。特に、世の終わりに近づくと、そのような悪魔に魂を売った霊能者/超能力者や「にせキリスト」が出現すると聖書には書かれている。霊の知識を振りかざす人間には要注意です。悪魔が守護霊となっている人間もいると思われる。あるいは、悪魔が、ユダヤ人の聖者のモーゼやイエス・キリストの霊だと言って、霊能力者に憑りついている可能性もある。

その意味で、(1)死後の世界は存在する、ただし、(2)貧乏人・善人・信仰者のみが天国に入れる、そして、(3)カネ持ちや邪悪な人間は地獄に落ちるというイエス・キリストの教えを信じれば、霊能力や超能力がなくても人間は救われることになる。

21世紀は今後、さらに疫病・パンデミックや戦争、自然災害が生じると思われるが、それ以上に警戒すべきは悪魔に魂を売った霊能者/超能力者だということになる。

悪魔に魂を売った霊能者/超能力者がもたらす災いは、疫病・パンデミックや戦争、自然災害よりも人間を損なうものだと考えられる。なぜなら、彼らは確実に、死後、人間を地獄に導くからです。この悪魔が支配する世の中で、安全に生きるのに必要なことは、聖書を読んで神様の教えと、イエス・キリストの教えを実践することです・・・

(なお、天皇家の権威も、天皇は日本神話の天照大御神の直系の子孫だと言う言い伝えにある。ただし、ユダヤ・キリスト教やイスラムの神は、日本神話の天照大御神の上位にあるというのが世界の常識です・・・だから、天皇家も密かに聖書を読んでいる・・・)


2022年3月14日月曜日

人間世界を支配する悪魔と、人間を救おうという神様やイエス・キリストの戦い・・・


20世紀は戦争の世紀と呼ばれています。第一次、第二次の世界大戦で、何千万人という人がヨーロッパやアジアで亡くなりました。

しかし、1950年代から2000年の手間までは、比較的平和な状況が世界で続き、特に日本では平和と繁栄が謳歌されました。

そして、21世紀に入ると過去2000年の世紀末という事態になりました。2001年の同時多発テロ、2008年の世界金融危機、2011年の福島第一原発事故、2020年からのコロナ大感染、そして、2022年のウクライナ戦争と世界的な危機が続いています。もはや、20世紀末の平和と繁栄の世界は当分、失われることになると考えられます。

18世紀の科学者ニュートンの予言によれば、「世の最後」は2060年頃に始まるとされています。同じく18世紀の霊能力者スウェーデンボルグによれば、当時、霊界で「最後の審判」という霊界の大浄化が行われ、数世紀後には人間界でその影響が現れるとされています。現在、2020年代は、そのような決定的な時期に向かう序幕の時代だと考えられます。

要するに、21世紀中は、新たな疫病大感染、経済金融危機、第三次世界大戦などの危機が生じると考えられます。日本でも、首都地震、東南海大津波、富士山爆発などの災害が生じる可能性が高い。果たして、人類が無事に21世紀を通過して、22世紀に入れるかどうかは疑問になります。

ただし、聖書によれば、この危機の世紀にイエス・キリストが再びこの世に現れ、悔い改めた人類を救うとされています。もっとも、1900年前に書かれた聖書の黙示禄などは、現代人には難解な表現が多い。それでも、聖書こそ人類が参照すべき最も重要な文献であることに変わりはないのです。

基本は、聖書を通して神様への正しい信仰を持つことです。イエス・キリストは「富を捨てて神を求めよ」と述べています。物質文明の発展によって、欲を満たすために悪魔に魂を売る人間が増え過ぎたために、神様が人間に戒めを与えられる、というのが聖書に基づく神学的解釈です。従って、人類が神様への正しい信仰を持てば、危機は回避されるのです。

問題は、人間が神様への信仰を持つのを、悪魔が妨げるということです。従って、この危機の時代には人々を惑わす「にせ聖者」、「にせ霊能者」、「にせ宗教家」が現れると考えられます。それだけに、正しい死生観、霊界への知識、死後の世界の理解を持つと共に、「富を捨てて神を求めよ」というイエス・キリストの教えを正しく理解することが必要なのです。

人間世界を支配する悪魔と、人間を救おうという神様やイエス・キリストの戦いの場がこの世であり、今世紀にはその戦いが激しさを増すと考えられるのです・・・


2022年3月4日金曜日

死後の世界があるのは世界の常識! ただし、善悪の問題がもっと重要!!

富士山、夕暮れ

死後の世界があるのは世界の常識!

問題は、死後、天国に行くのか、地獄に落ちるのかです!

なお、死後の世界を信じる人が多い国のランキングは次の通り・・・

第1位:バングラデシュ(98.8%)
第2位:ヨルダン(91.8%)
第2位:トルコ(91.8%)
第4位:イラン(91.3%)
第5位:チュニジア(91.1%)
第6位:パキスタン(89.3%)
第7位:エジプト(88.1%)
第8位:レバノン(85.3%)
第9位:ミャンマー(84.5%)
第10位:フィリピン(83.8%)
第11位:ナイジェリア(83.2%)
第12位:エチオピア(82.4%)
第13位:マレーシア(81.9%)
第14位:グアテマラ(80.6%)
第15位:ジンバブエ(78.7%)
第16位:タジキスタン(76.2%)
第17位:インドネシア(73.5%)
第18位:メキシコ(70.7%)
第19位:ボリビア(70.3%)
第20位:プエルトリコ(69.6%)
第21位:ペルー(68.8%)
第22位:アメリカ(68.2%)
第23位:エクアドル(67.0%)
第24位:シンガポール(66.7%)
第25位:チリ(61.8%)
第26位:コロンビア(61.6%)
第27位:アルゼンチン(58.2%)
第28位:台湾(57.2%)
第29位:タイ(57.1%)
第30位:カナダ(56.9%)

(https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20210215-00221877)

イギリスやフランス、ドイツは、41.7%から39.9%、日本は32.2%でG7では最も低い。ロシア人でも40.3%は死後の世界を信じている。ただし。中国は11.5%の国民しか死後の世界を信じていない。これは、ある意味で危険な数字です。

イスラム教国、中南米のカトリック国、南アジアの国の人々は、死後の世界を信じている割合が高い。この世での生活が貧しく、厳しいがゆえに、死後の世界に期待すると言うのは、ある意味で自然な気持ちです。

他方、先進キリスト教国では宗教の形骸化が進み、死後の世界対する関心も薄れているように見える。ただし、その中でアメリカ人は最も高い数字を示している。スピリチュアリズム関係の活動も、アメリカではビジネスとして盛んであり、その市場規模は数千億円はあるという。

物質的に豊かな欧米のキリスト教国や日本では、この世の富や繁栄に対する関心が高く、死後の世界を真剣に考える余裕がないように思える。

ただし、経済成長の著しい中国で、死後の世界に対する関心が極度に低いのは気になる。

日本では、死後の世界は仏教でも、神道でも大きく取り上げない。むしろ、仏教や神道の周辺の新宗教で大きく取り上げられている。あるいは、霊能力者がエンターテインメントとして取り上げている。また、日本のキリスト教では、本来のキリスト教は霊的な問題を取り上げる宗教だったのに、おとぎ話のように天国の存在を取り上げるだけです。

いずれにしても、日本人は、欧米の先進国以外では、死後の世界は宗教と結びついて強く信じられていることを忘れてはならない。また、アメリカ人の7割近くが死後の世界を信じていることも重要です。ただし、中国人の1割程度しか死後の世界を信じていないのは、中国の無宗教性と併せて考えれば、危険な兆候を示している。この世の富しか信じない中国人は、キリスト教的民主主義を基盤とするG7などの国際ルールを軽視していると考えられる。だから、平気で中国人は日本やアメリカの技術を盗み、危険な国威の拡張策を取る。中国がロシアより潜在的に危険な理由はここにもある。

死後の世界を、宗教と結びついて信じていれば、死後に天国に入るために、この世では極端な悪には走らないものです。これが、世界の平和の基礎になっている。

しかし、カルトや、商業的な心霊主義、スピリチユアリズム、実績のない新宗教などによる死後の世界の取り扱いは要注意です。日本では、特にスピリチユアリズムのエンタメイト化が問題になる。伝統的な宗教の安全弁がないスピリチユアリズムや心霊主義は悪魔に付け入れられやすいのです(日本では、1995年のオウム真理教のテロ事件があった)。

さらに、死後の世界の存在より、善悪の問題があの世でも、この世でも重要なのです。それが、イエス・キリストの教えです・・・

霊問題は、聖書(コーランや仏典でも良いが)を通して扱うことが重要なのです・・・