今の世の中では、人々は物質的繁栄や物質的幸福を当然のことのように求めている。それに必要なのはカネと富だとして、悪魔に魂を売ってでも富と、それを保証する地位を求める。しかい、これに真っ向から対決するのがイエス・キリストの教えです。
聖書ルカ12章11
「それゆえ私はお前たちに言う。
自分の生命について思い煩うな、何を食べるべきかなどと言って。
またからだについて思い煩うな、何を着るべきかなどと言って。
生命は食べ物より大切ではないか。
体は着物以上のものではないか。」
これは、今の商業主義に真っ向から反するイエス・キリストの教えです。消費者の欲望を掻き立て、食物、衣服を多く売りつけて、利益を上げようとするのが、商業主義です。テレビのコマーシャルななどは、消費者/視聴者の欲望を駆り立てるように作られている。商業主義の上には悪魔がいる。悪魔の別名は「カネ」であり、人々は「カネ」は万能だと考え、「カネ」を神のように崇めている。このような拝金主義の上には悪魔がいる。
つまり、商業主義の世の中の全ての組織のトップは悪魔に支配されている。だから、真の信仰者はこの世の組織を去って荒野の中で生きようとする。そして、さらに神の教えを探そうとする。
「お前たちの父はご存知である。お前たちにはそれが必要とされていることを。
お前たちはむしろ、先ず神の国を求めなさい。
そうすれば、これらの事物は付け加えて与えられる。」
このイエス・キリストの言葉が意味することは、人々が求めるべきものは、カネや富、美味な食事や華麗な衣服ではなく、「神の国」だということです。「神の国」では、必要な食べ物や衣服は、神様によって与えられるのです。さらに、誰でもこの世では自分の宝を持っている。愛する家族や愛する職場などである。それに対してイエス・キリストは次のように忠告している。
「地上に何の宝も積んではならない。
そこでは虫がそれを食い荒らし、盗人が忍びこむこともある。
むしろ宝を天に積みなさい。
そこでは虫がそれを食い荒らすこともないし、盗人が侵入することもない。
なぜなら、お前の宝がある所に、お前の心もまたあるからである。」
自分の宝から得られた愛やパワーで人は生きることができる。しかし、その宝をこの世の関係の中だけで考えてはいけない。自分の宝への愛をこの世から、天にまで上げなければならない。悪魔が支配するこの世では。必ず自分の宝を奪おうとする者が出てくる。あるいは、世の中の関係や生活の移り変わりの中で宝は輝きを失う。しかし、天の教えと結びつけて宝を愛し続ければ、その愛する自分の心も天国で生きるということです。つまり、誰にも宝は奪われないことになる。神様が天使を使って、それを守らせるからです。
この世でカネと富を得て、物質的な幸福や宝を得ても、死後は何の役にも立たない。この世で物質的な幸福を得た人間は、死後は、神の光や愛を避けて自ら地獄に落ちて行き、悪魔に直接支配され、やがて、神様によって悪魔と共に滅ぼされる。これが、聖書の教えです。
「カネ」と言う名の悪魔を避け、神様の教えとイエス・キリストの言葉に従うことで、死後は、天国で永遠の命を得るのです。
この世では、悪魔がカネを使って人間の魂を堕落させている。商業主義は悪魔の教えです。悪魔の商業主義、拝金主義、物質主義に染まった今の文明は、やがで崩壊する。そして、神様はもはや人間を助けない。これが、何十年にもわたる聖母マリアの警告なのです。早く、悪魔(カネ)の崇拝をやめるべきです・・・
「金持ちは天国に入れない」というイエス・キリストの言葉が、全てを象徴しているのです。
(聖母マリアの警告通りに、東日本大震災やコロナ大感染、ウクライナ戦争が生じている・・・)