2026年10月3日土曜日

彼らの間から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる (コリントの信徒への手紙二 第 6 章) (Come out from them and be separate, says the Lord.)


13 わたしは子供たちに対するように言うが、どうかあなたがたの方でも心を広くして、わたしに応じてほしい。
14 不信者と、つり合わないくびきを共にするな。義と不義となんの係わりがあるか。光とやみとなんの交わりがあるか。
15 キリストとベリアルとなんの調和があるか。信仰と不信仰となんの関係があるか。
16 神の宮と偶像となんの一致があるか。わたしたちは、生ける神の宮である。神がこう仰せになっている、/「わたしは彼らの間に住み、/かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となるであろう」。
17 だから、「彼らの間から出て行き、/彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。
18 そしてわたしは、あなたがたの父となり、/あなたがたは、/わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」。 (コリントの信徒への手紙二 第 6 章)

13 As a fair exchange—I speak as to my children—open wide your hearts also.
14 Do not be yoked together with unbelievers. For what do righteousness and wickedness have in common? Or what fellowship can light have with darkness? 15 What harmony is there between Christ and Belial? Or what does a believer have in common with an unbeliever? 16 What agreement is there between the temple of God and idols? For we are the temple of the living God. As God has said:

“I will live with them
and walk among them,
and I will be their God,
and they will be my people.”

17 Therefore,

“Come out from them
and be separate,
says the Lord.
Touch no unclean thing,
and I will receive you.”

18 And,

“I will be a Father to you,
and you will be my sons and daughters,
says the Lord Almighty.”

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「コリントの信徒への手紙二」について、AIは、「この手紙では、パウロが自分の思いや苦しみをかなり率直に語っています。特に、弱さの中にこそ神の力が現れることや、信徒どうしの和解の大切さが強く語られます (paulineletters.com)」と解説している。

特に、「神がこう仰せになっている、/「わたしは彼らの間に住み、/かつ出入りをするであろう。そして、わたしは彼らの神となり、/彼らはわたしの民となるであろう」。だから、「彼らの間から出て行き、/彼らと分離せよ、と主は言われる。そして、汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう。そしてわたしは、あなたがたの父となり、/あなたがたは、/わたしのむすこ、むすめとなるであろう。全能の主が、こう言われる」と述べて、神様の言葉を引用して、強い信仰心を示している。

これは、「信仰と不信仰となんの関係があるか」という言葉に、パウロの強い信仰心が現れている。信仰を持ったことのない人間には言えない言葉です。「神の宮と偶像となんの一致があるか」というのも、偶像崇拝がはびこる世の中を責めた言葉です。

この世は、カネを崇め、拝金主義の世の中になっているが、真の神様へ信仰と拝金主義は相容れないものであることを、パウロは述べているのです。カネを崇める姿勢こそ、偶像崇拝なのです。仏教の仏像崇拝とは異なって、異常な崇拝です。

悪魔はカネを小道具として使って、人々に物質的な欲を満たすには、カネが必要だと信じさせ、カネが物質的な幸福をもたらす神だとの間違った信仰を持たせ、そのカネという神を支配する悪魔を崇拝するように洗脳している。

この世の全ての問題、人間社会の全ての問題はこの悪魔の影響下にあるということから生じている。人の病も、貧困も、不幸も、悪魔の影響から生じている。人間が欲を持たず、自然の法則に従って、神様への信仰心をもって生きていれば、欲望の充足を求めて不自然で、不信仰な、自然に反した生活をして、肉体的にも、精神的にも無理をし、隣人を敵視し、神様の愛と真理を無視して、破滅に突っ走ることになる。それが、大部分の人間の人生です。

だから、そのような悪魔の支配下にある人間とは「分離せよ」と神様は言っておられる。また、「汚れたものに触れてはならない。触れなければ、わたしはあなたがたを受けいれよう」と神様は人間への憐みを述べておられる。

このパウロの気持ちと共感し、その言葉を受け入れるのが、伝統的なキリスト教なのです。

ただし、18世紀の神秘家のキリスト教徒のスエーデンボルグは、パウロを批判し、AIでは、「スウェーデンボルグは、パウロ書簡を福音書や預言書と同じ意味での聖言とは見なさない立場を示しました。要するに、パウロは霊感を受けて語ったとしても、預言者のように一語一句が天から与えられたのとは違う、と区別しています (en.wikipedia.org) 」と説明されている。

しかし、歴史を鑑みても、聖霊がパウロに下ったのは事実だと思われる。キリスト教の研究には、パウロの書簡が含まれる聖書の研究が不可欠です。