コロナは欧米、韓国などで、まだ感染が拡大している。世界的には第7波の中にある。ワクチンが普及した地域での感染拡大は不安をもたらす。
日本では、年末・年始後の2月にかけて第6波が心配される。コロナの終息は2024年になるとの予測もあり、当分、マスクの生活が続く。
平安時代の頃には疫病が流行れば、悪霊の仕業だとされた。誰かの怨霊が災厄をもたらしたと考え、朝廷をはじめとして除霊の儀式が行われた。誰かのせいで不幸な目にあって、それを恨んだ人間が怨霊となって、霊界から人間界に災いをもたらすと信じられていたのです。
科学の進んだ今では、そのような考えは迷信として片づけられるが、科学自体は霊界や魂の解明、人間の意識の解明には至っていない。物質界を扱うのが科学ですが、その物質をもたらしたのは霊界のエネルギーだという理論は、科学的には肯定も否定もできない。
そもそも物質界の始まりは、我々の住む大宇宙の成立によるが、宇宙は量子論的な真空のエネルギーから生じたという理論がある。物質界から見れば真空のエネルギーだが、霊界から見れば、霊界のエネルギーの一部が物質界の宇宙を作ったのかも知れない。つまり、この世、即ち、物質界も霊界の影響下にあることになる。そうすると、怨霊がこの世に災いをもたらすという考え方も否定できないことになる。
そうすると、歴史上、最大の怨念を持っていておかしくない人物は誰かということになる。昔の考えでは、そのような人物の人間社会に対する恨みを解かないと、どんな災いが人間社会にもたらされるとも限らないことになる。コロナもその人物の怨念がもたらしたものだと考えられないこともない。
ブッダは食中毒で死亡し、涅槃という悟りの世界を説いた人生を完結し、人を恨む理由もない。孔子は、思想家として成功し多くの弟子をもった上で死亡しており、「死については語らない」との姿勢で倫理性・道徳の追求に終始した。世の中に対する恨みを、死後、晴らすなどとは考えられない。
しかし、イエス・キリストの場合は異なる。「神の子」でありながら、自分が救おうとした人間によって十字架につけられ殺害されたのです。人間は恩人である神の子、イエス・キリストを殺害したことになる。人間は連帯責任として、どれほど神様によって恨まれても文句は言えない。キリスト教の本質の1つが、まさに、人間の罪の認識にある。しかし、その罪ある人間を許すのが、イエス・キリストの愛だとされている。問題は、聖書の中に、息子を使用人によって殺された主人が、使用人に復讐する話を、イエス・キリストが語ったということが記されていることです。イエス・キリストは人間を許しても、神様の裁きがどうなるかは分からない。イエスの時代以降、歴史上何度も人類は災いを経験してきたが、その背後に神様がいなかったとは言えない。
長期的に見れば、神の子を殺害した人間は、本当に悔い改めなければ、人類は最後に神様によって絶滅される可能性はある。そういう危機感も持たなくなった現代人は、物質文明の発展でますます増長し、いよいよ神様の気持ちをないがしろにしている、という見方もできる。
今は、イエス・キリストの時代から2千年たった時期です。ユダヤ教・キリスト教の始祖とも言うべきアブラハムからイエス・キリストの時代までが2千年だった。神様が人類に最終判断を下す時期が近づいていると考えるべきです。そして、人類を亡ぼす前には、神様は人類に最後の警告を与えられると思われる。コロナは、まだその最後の警告ではないとしても、最後の警告の予告編になるかも知れない。
18世紀の科学者であり、聖書の研究家だったニュートンは「世の終わりは2060年以降に始まる」との予言を残している。同じく18世紀の霊能者スウェーデンボルグは、「最後の審判は最近(18世紀に)、既に霊界で行われ、その影響は数百年後に人間界で現れる」と述べている。
コロナは、「この世の最後」に対する警告の前の段階の予告編だと考えられる。ただし、人類は今世紀は、多少反省もして、滅亡せずに発展を続けると思われる。それでも、さらに2千年間発展し続けるとは考えられない。2千年後には、生物としての人類は絶滅し、AIロボットが地球を支配していると思われる。人類の歴史は、今後、2千年間で終焉するだろう。人類の文明の後を継ぐのは、ウイルスにかからないAIロボットだと思われる。数億年前には、地上の生物の大半が絶滅する大変動が地球を襲ったことがある。しかし、生物的条件の制約を受けないAIロボットは、半永久的に地球で生き残る。人間は、死後、霊界に入って、霊界からAIロボット、人口知能の活躍を見るだけになるだろう・・・
神様の子、イエス・キリストを2千年前に殺害した人類は、神様のお情けを乞うしかない。いつ人類絶滅を神様が決心されても、人間は文句は言えないのです。