2023年1月26日木曜日

全ての問題はカネではなく、愛と信仰で解決すべき・・・

 
ニュース等を総合的に観察すれば、日本社会では、男性の80%、女性の40%は腐敗・堕落している。つまり、社会で出会う人間の60%は、腐敗・堕落している。つまり、カネに洗脳されている。ただし、中国や欧米は日本社会以上に悪化している。つまり、海外で出会う人間の70%は腐敗・堕落していると思われる。だから、海外旅行・海外生活するほど、人間は悪質になる。

イエス・キリストは「異邦人の道に行ってはならない」と述べている。

日本のある有名な人気俳優が、その死に臨んで恐怖にかられ、正気を失いそうになり、慌ててキリスト教の洗礼を受けた例がある。また、日本のある有名な作家が、その死に臨んで、やはり恐怖に駆られ、家族に醜態を見せた例がある。

死後の世界は存在することが、分かっているだけでも、人間は冷静に死に臨むことができる。しかし、富裕層やエリートは死後に天国に入れない。死後、地獄に落ちるとの予感のする富裕層やエリートは、死後は無であると考えるほうが安心する。どこまでも、この世に執着する。神様の目からすれば、彼らは非常に愚かな存在です。

これは、富裕層の宗教人でも学者でも同じです。いくら知識や経験を積んでも、最後には、地獄を選ぶような生き方をしている。そして、死後は霊界で天国の光に耐えられず、神様の愛を嫌って自ら地獄に向かう。そして、地獄では悪魔に支配されながら、互いに悪の限りをつくす。もはや、まともな人間の姿をしなくなった人間の霊は、醜悪な姿をさらすようになる。

これに反して、生存中に愛と真理を求め、正義感や慈悲の心をもって生きた人間は、この世では貧しい生活を強いられるが、死後は霊界から天国に入り、そこで永遠の命を与えられて、平和に幸福に生きる。これが、この世とあの世の真実です。イエス・キリストも「貧乏人は天国に受け入れられるが、金持ちは天国に入れない」と述べておられる。

つまり、富裕層でもなく、エリートでもない人間は、神様を信じ、他人に親切にして生きていれば、死を恐れることはない。臨死体験をしたキリスト教のあるシスターは、霊界で無条件の愛の光に包まれたと述べている。そして、当然、死を恐れなくなり、さまざまな霊能力を与えられた生き返ったという。

これに反して、富裕層やエリートは、死後、自ら地獄に入り、互いに優越感を示して争い、他人を支配しようと争い、裏切りや、卑劣な行いをした者ほど悪魔に認められ、地獄で高い地位を与えられ、ますます凶悪な行為に走る。しかし、最後には地獄と共に滅ぼされることになる。この世で天国、あの世で地獄というのが富裕層やエリートの運命なのです。

しかし、この世で貧しい生活をして、この世の地獄を味わった者は、それでも悪魔に魂を売ってカネを求める生き方をしなければ、死後は、霊界で神様の愛によって天国に導かれ、永遠に幸福に生きることができる。この世で地獄、あの世で天国というのが貧しい人の運命なのです。イエス・キリストは「この世で不幸であった者は、あの世で救われる」と述べておられる。

それでも、悪魔は人間をカネで洗脳する。「天国など存在しないから、この世で豊かな生活をしろ」というのが悪魔の教えです。

実際、あの世の生活や、天国を信じなければ、どんな悪事を働いてでも、生きている間に幸福になり、豊かな生活をおくり、欲を満たそうとするのが人間です。どうせ死ねば、虚無しかないのだから、この世で才能を思いっきり発揮して成功し、豊かな生活をおくろうと考えるのが人間です。才能がなければ、せめて、悪知恵を発揮してカネを儲けようと考えるのが人間です。たいした悪知恵もなければ、暴力で欲を満たし、カネを得ようと考えるのが人間です。そして、人間をそのような悪に導くのが悪魔や悪霊なのです。彼らは、出来る限り多くの人間を地獄に導こうとするのです。そのために、人々をカネで洗脳し、拝金主義にし、悪魔を神として崇めさせているのです。

こういう人間を憐れんで、イエス・キリストが2千年前に人間の社会に現れて、この世と霊界の真実を人々に告げ、正しい人間観、世界観を持たそうとしたのが、キリスト教の出発点です。もちろん、仏教もこの世に執着する愚かさを教えているが、この世とあの世の創造者である唯一神を認めるところには至っていない。仏陀も神様が作られたと考えるのが、正しい宗教なのです。日本の神道の神々も、この世とあの世の創造者である唯一神が作ったと考えるのが、正しい宗教なのです。ほとんどの新宗教は霊界の存在を認めているが、唯一神の意図は正しく理解していない。そして、全ての宗教はカネの力を認めて、お布施や寄付金を集める。しかし、カネは悪魔の化身なのです。カネを通して全ての宗教に悪魔が入り込むのです。

だから、イエス・キリストは「神とカネに同時に兼ね仕えることはできない。神を選ぶか、カネを選ぶか」だと言っておられるのです。

カネの背後には、悪魔がいる。カネのないものほど、悪魔の影響が少ない。全ての問題はカネではなく、愛と信仰で解決すべきだというのが、社会の常識になるべきなのです。