2022年1月15日土曜日

財政より福祉が優先する! 愛なき財政主義より、人命を守る福祉が優先!

この世の体制は2 つある。

利己主義的な個人の幸福追求を無制限に認める「自由主義」と、全体の統合と秩序を重んじる「管理主義」です。

前者から出発した社会では、弱者、敗者、貧者は切り捨てられる。アメリカなどの「資本主義社会」はこの典型です。後者を目指す社会では、異端者、自由主義者、不服従者は切り捨てられる。中国などの「統制社会」はこの典型です。

それぞれの欠陥を正すために、資本主義社会では政府が民主主義を採用し、福祉政策を推進する。統制社会では、政府は国民の不満を抑えるために権威主義を推進し、経済的成功を推進する。

コロナ危機になったとき、アメリカなどでは給付金の支給拡大などで、国民の不安と社会の崩壊を防ごうとし、中国ではさらに経済を世界市場に拡大させ(世界への影響力を強めて)、経済的発展と政治的独裁制を目指す。

日本は、アメリカ型の社会なので、給付金の支給拡大などで、国民の不安と社会の崩壊を防がねばならない。岸田内閣が「新たな資本主義」や「配分重視」を打ち出すのは当然と言える。逆に言えば、そこまで国民の不安が高まり、社会の崩壊の危機が予感されたことを意味する。この危機感の中で、「国家財政の黒字化重視」の政策の愚かさが浮き彫りにされたということです。

財政黒字化のためには、企業や個人などの経済活動から得られる「高い税収」が確保されねばならない。経済活動は、需要があって成り立つ。需要の基本は消費者の購買力です。しかし、日本では何十年にもわたって、企業は収益確保のために、人件費を抑制し、低価格商品の重視から、低賃金が常態化した。特に、かつては中国では人件費が日本の10分の1で済んだことから、日本の企業は大挙中国に進出し、日本国内の空洞化が進んだ。(一方、中国では日本から資本や技術を容易に取得できた。)

要するに、利己的な日本企業が、その利益確保のために、国全体の低賃金化を促進し、国民の購買力が低下し、消費が低迷することになり、GDPも停滞した。(おまけに、中国企業に市場を奪われることにもなった。)しかし、コロナで社会危機になっても、破滅する大企業はない。「内部留保」が十分あるからです。その意味では、企業の低賃金化は成功した。

しかし、低賃金社会となった日本社会では、コロナの影響で多くの国民が経済的な危機に見舞われることになった。それが、非エリート女性、非正規社員、母子家庭などに集中して現れることになった。その影響は、子供同士のいじめや、親による児童虐待などに及んでいる。ストレスの受ける親から、子供が悪影響を受けているからです。

根本的には、アメリカが主導し、日本が追随した「利己主義的な個人の幸福追求を無制限に認める自由主義」に問題があったことになる。ただし、アメリカにはキリスト教の伝統があり、寄付文化・相互扶助の精神が根付き、福祉強化が発動されやすい。バイデン大統領も100兆円とも200兆円とも言われる経済対策を行っている。しかし、日本では、「自社さえ儲かればいい、自分さえ儲かればいい、国がどうなっても構わない」という無責任資本主義が蔓延し、それを抑制させる、又は、その欠陥を補う思想的・宗教的バックボーンが足りない。

人間にとって最も重要なのは「自由」だから、アメリカ型の資本主義も最悪とは言えない。むしろ、自由のない中国社会の繁栄の方が人類全体の脅威となる。中国では、宗教ですら管理され、国民は一種の洗脳状態にある。日本などのアメリカ型の資本主義社会では、キリスト教の精神に基づいて福祉政策を強化すれば、国民は救われるが、中国型の統制社会では、国民は最後に国家によって家畜化されて救いがない。

この意味で、「国家財政の黒字化重視」を推進し、福祉支出を抑制してきた日本の財務省などは責任が大きい。「購買力」=>「消費」=>「税収」という流れが経済と財政の基本であり、低賃金とコロナ不況で購買力の低下した国民には、政府が「給付金」を支給するのが当然、ということを理解する必要があるのです。

「給付金」=>「購買力」=>「消費」=>「税収」

コロナで国民が全員感染し、経済活動が停止すれば、税収もゼロになり、財政も崩壊する。給付金で国民の健康・安全を守り、消費レベルを維持することで、経済・財政も生き残ることになるのです・・・

そもそも税収があろうと、なかろうと政府は福祉費用を支出すべきなのです。福祉とは、国民の命を守るものであり、財政黒字化や企業や個人の富裕化よりも優先されるべきなのです。そして、「福祉費用は基本的には、全て消費に使われる。この消費で企業の経済活動は可能となり、最低の税収は保証される」。

しかし、この理論を受け入れるには、「経済は一部の人間の幸福のためではなく、社会の人間全体の福祉のためであり、困窮する国民は救わねばならない」、という思想への転換が求められる。そもそも政府の財政支出とは、人命を守るためなのです。人命より財政黒字を重視するのは、本末転倒なのです。

個人や個別の企業の繁栄のためなら、国家・社会がどうなっても構わない、というのが日本の問題なのです。政府・財務省も富裕層や大企業優先の財政黒字主義ではなく、国民全体の福祉を中心とする思想に転換すべきなのです。