2026年7月14日火曜日
「その人に慈悲深い行いをした人です」 (ルカによる福音書 第 10 章)(“The one who had mercy on him.”)
25 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。
27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
30 イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
31 するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
32 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
33 ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
34 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
35 翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
36 この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
37 彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。 (ルカによる福音書 第 10 章)
25 On one occasion an expert in the law stood up to test Jesus. “Teacher,” he asked, “what must I do to inherit eternal life?”
26 “What is written in the Law?” he replied. “How do you read it?”
27 He answered, “‘Love the Lord your God with all your heart and with all your soul and with all your strength and with all your mind’[c]; and, ‘Love your neighbor as yourself.’[d]”
28 “You have answered correctly,” Jesus replied. “Do this and you will live.”
29 But he wanted to justify himself, so he asked Jesus, “And who is my neighbor?”
30 In reply Jesus said: “A man was going down from Jerusalem to Jericho, when he was attacked by robbers. They stripped him of his clothes, beat him and went away, leaving him half dead. 31 A priest happened to be going down the same road, and when he saw the man, he passed by on the other side. 32 So too, a Levite, when he came to the place and saw him, passed by on the other side. 33 But a Samaritan, as he traveled, came where the man was; and when he saw him, he took pity on him. 34 He went to him and bandaged his wounds, pouring on oil and wine. Then he put the man on his own donkey, brought him to an inn and took care of him. 35 The next day he took out two denarii[e] and gave them to the innkeeper. ‘Look after him,’ he said, ‘and when I return, I will reimburse you for any extra expense you may have.’
36 “Which of these three do you think was a neighbor to the man who fell into the hands of robbers?”
37 The expert in the law replied, “The one who had mercy on him.”
Jesus told him, “Go and do likewise.”
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これは、「隣人を愛せ」というイエス・キリストの教えに対し、「私の隣人とは誰の事ですか」と質問した律法学者へのイエスの答えです。「親切なサマリア人の譬え」として、有名なイエスの説明です。
強盗に襲われた旅人を見ても、祭司やレビ人は旅人を避けて歩いて行った。しかし、あるサマリヤ人はその旅人を介抱して、自分の家畜に乗せて宿まで送り届けた。このサマリア人こそが、その旅人の隣人なのだという教えです。
今の世で言えば、戦乱を逃れた難民や、自国のホームレスなど、不幸のどん底にいる人々は多い。そのような人を助けるのが、そのような人の隣人として相応しいと述べられたのです。
つまり、不幸な人を助けるのが、その不幸な人の隣人なのです。そして、「隣人を愛せ」とは、まさに、不幸な人を助けよということなのです。
今日では、テレビやインターネットで世界中の不幸な人のことが放送されている。その不幸な人を助けるのが、人間として「良き隣人」になることだという教えです。
これは、「良きサマリア人」の譬えとしてよく知られた教えです。
祭司とはまさにユダヤ教のエリートであり、「レビ人とは、旧約聖書においてイスラエル十二部族の一つ「レビ族」に属し、神殿や幕屋での奉仕・礼拝・運営を専門に担った人々を指します」とAIでは説明されている、要するに、エリートや富裕層は不幸な隣人には冷たい。しかし、「サマリア人とは、古代イスラエル北王国の首都サマリア周辺に起源を持ち、独自の律法理解と礼拝伝統を守ってきた少数民族・宗教共同体を指します」とAIでは説明されている。要するに、ユダヤ社会で非エリートです。非エリートの中にこそ、イエス・キリストの教えに従う人がいるとの教えです。
これは、今でも、不幸な人を助けるために寄付をするのは、自分も貧しい人が多い。不幸な人が互いに助け合うということが世の中の常識です。だから、人間社会は亡びずに生き抜いて来たのです。良き隣人たちが、互いに助け合って生き抜いてきたのが、人間社会なのです。
これは、自分の生存しか考えない他の生物には見られない人間の美点です。こうして、社会的な生き物である人間は、種として生き抜いて来たのです。不幸な目に合うことの多い一般人ほど、この譬え話は理解しやすかった。イエスは、悪魔に魂を売って成功者となったエリートや富裕層の心の冷たさを理解していたのです。
社会の中の貧しい人間の隣人となって彼らを助けるは、やはり、貧し人だということが、このイエス・キリストの教えなのです。
今日の日本の平和と繁栄をもたらした日本国憲法を作成したのは、皇室や財界人、官僚エリートではなく、旧日本軍と戦った貧しいアメリカ人のキリスト教徒を含む占領米軍なのです。だから、戦後の日本人はアメリカの一般人に親しみを感じ、アメリカの政治に関心を持ち続けたのです。
今日の日本国憲法をもたらしたのは、日本の皇室や財界、官僚エリートでも、世界の宗教のトップのローマ法王や、ユダヤ教の大富豪などではなく、素朴なキリスト教徒から構成されていた米軍のトップのマッカーサー元帥なのです。
日米戦争の後に日本を占領した米軍の司令官のマッカーサー元帥こそが日本人の良き隣人だったのです。
今でも、天皇神道を信じる日本人や、財界や官界にあこがれる日本人もいるが、彼らは、イエス・キリストのたとえ話に出てくる、当時のエリートのように、不幸な人には冷たいエリートなのです。
日本人は、「良きサマリア人」となって、世界中の不幸な人を助けることを求められているのです。これを信じるのが、「霊的なキリスト教」なのです。