2026年8月12日水曜日

「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」 (マタイによる福音書 第 17 章) (“This is my Son, whom I love; with him I am well pleased. Listen to him!”)

 

六日ののち、イエスはペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
2 ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。
3 すると、見よ、モーセとエリヤが彼らに現れて、イエスと語り合っていた。
4 ペテロはイエスにむかって言った、「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。もし、おさしつかえなければ、わたしはここに小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために、一つはモーセのために、一つはエリヤのために」。
5 彼がまだ話し終えないうちに、たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」。
6 弟子たちはこれを聞いて非常に恐れ、顔を地に伏せた。
7 イエスは近づいてきて、手を彼らにおいて言われた、「起きなさい、恐れることはない」。
8 彼らが目をあげると、イエスのほかには、だれも見えなかった。
9 一同が山を下って来るとき、イエスは「人の子が死人の中からよみがえるまでは、いま見たことをだれにも話してはならない」と、彼らに命じられた。 (マタイによる福音書 第 17 章)

17 After six days Jesus took with him Peter, James and John the brother of James, and led them up a high mountain by themselves. 2 There he was transfigured before them. His face shone like the sun, and his clothes became as white as the light. 3 Just then there appeared before them Moses and Elijah, talking with Jesus.
4 Peter said to Jesus, “Lord, it is good for us to be here. If you wish, I will put up three shelters—one for you, one for Moses and one for Elijah.”
5 While he was still speaking, a bright cloud covered them, and a voice from the cloud said, “This is my Son, whom I love; with him I am well pleased. Listen to him!”
6 When the disciples heard this, they fell facedown to the ground, terrified. 7 But Jesus came and touched them. “Get up,” he said. “Don’t be afraid.” 8 When they looked up, they saw no one except Jesus.
9 As they were coming down the mountain, Jesus instructed them, “Don’t tell anyone what you have seen, until the Son of Man has been raised from the dead.”
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これは。「山上の変容(山上の変貌)」と呼ばれる出来事であり、AIでは、「イエスが高い山の上で栄光の姿に変わり、神の子として現された出来事を指します。イエスの本来の栄光が一時的に現れた場面と理解されます」とされている。

イエス・キリストが、霊的な能力のあった「ペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた」とされているように、彼らの霊的エネルギーを借りて、自らが霊となって、モーセやエリアという旧約聖書に出てくる過去の聖人の霊と話し合ったという情景です。

これは、霊的に理解しなければ説明のつかない情景です。イエスは、その霊能力で霊界の神様や天使たちとコミュニケーションできていたのですが、緊急にモーセやエリアの霊と話し合う必要ができたので、このように「主イエスの変容」とも称される形で彼らの霊と話し合ったのだと思われる。

Wikipediaによれば、「教会では、この世的な意味でのキリストの勝利(イスラエルの解放)を願う弟子達に対し、自らの受難を予言し続けたキリストが、これから受ける苦難に際して信仰し続ける希望を与えるためにこの奇蹟を行ったと伝えられる」とされている。

おそらく、この時に、イエス・キリストは、ユダの裏切りについて知らされたのだろう。そして、このまま行けば、イエスが権力者に逮捕され、死刑を宣告されることを霊から知らせれたと思われる。

そして、「たちまち、輝く雲が彼らをおおい、そして雲の中から声がした、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞け」と。神様の声がして弟子たちにイエス・キリストに従うように告げたということは、この出来事は神様とのコミニュケーションでもあったことを告げている。ユダのもたらす悲劇を信仰のために受け入れることにしたイエス・キリストの信仰心を、神様が認められたということです。

いつ、イエスが、ユダの裏切りと、ご自分の死がそれによって生じることに気が付かれたのかは、聖書には明確には記されていないが、この「主イエスの山上での変容」のときだったと思われる。

イエスの肉体が、霊との会話のために、霊体に変容したことを、聖書はこのように記したと思われる。福音書の中でも唯一、霊界とイエス・キリストの直接的な関りを記した箇所になっている。

霊的存在でもあるイエス・キリストは、人間の姿を取って人間界で生きて、人間として死んでも、霊界でその魂は生き続けるが、人間界で行なおうとしていたことは中断される。それが、悪魔の狙いであり、神差の計画に対する挑戦なのです。そのことに、イエス・キリストは苦しめられるが、ご自分の死を恐れたわけではない。

ただし、悪魔のそのような計画を霊から知らされたイエスは、これ以降は、明確な覚悟をもって、十字架の運命に向かって歩くことになる。

最初からイエス・キリストは、弟子の裏切りで逮捕され、十字架上で刑死するとは覚悟されてはいなかたった。イエス・キリストの伝道の成功を確信した悪魔が、非常手段に訴えて来たので、神様はモーゼやエリアの霊を使ってイエスに悪魔の計画を知らせたが、イエスはご自分の気持ちに変わりはないとの気持ちを表明されたので、神様はそれに満足されたという経緯です。

霊的な世界の出来事を、この世で表されて、聖書に残るようにされたということの意味は大きい。イエス・キリストの霊的な力を認めよという教えです。