そのころ、また大ぜいの群衆が集まっていたが、何も食べるものがなかったので、イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた、
2 「この群衆がかわいそうである。もう三日間もわたしと一緒にいるのに、何も食べるものがない。
3 もし、彼らを空腹のまま家に帰らせるなら、途中で弱り切ってしまうであろう。それに、なかには遠くからきている者もある」。
4 弟子たちは答えた、「こんな荒野で、どこからパンを手に入れて、これらの人々にじゅうぶん食べさせることができましょうか」。
5 イエスが弟子たちに、「パンはいくつあるか」と尋ねられると、「七つあります」と答えた。
6 そこでイエスは群衆に地にすわるように命じられた。そして七つのパンを取り、感謝してこれをさき、人々に配るように弟子たちに渡されると、弟子たちはそれを群衆に配った。
7 また小さい魚が少しばかりあったので、祝福して、それをも人々に配るようにと言われた。
8 彼らは食べて満腹した。そして残ったパンくずを集めると、七かごになった。
9 人々の数はおよそ四千人であった。それからイエスは彼らを解散させ、
10 すぐ弟子たちと共に舟に乗って、ダルマヌタの地方へ行かれた。 (マルコによる福音書 第 8 章)
8 During those days another large crowd gathered. Since they had nothing to eat, Jesus called his disciples to him and said, 2 “I have compassion for these people; they have already been with me three days and have nothing to eat. 3 If I send them home hungry, they will collapse on the way, because some of them have come a long distance.”
4 His disciples answered, “But where in this remote place can anyone get enough bread to feed them?”
5 “How many loaves do you have?” Jesus asked.
“Seven,” they replied.
6 He told the crowd to sit down on the ground. When he had taken the seven loaves and given thanks, he broke them and gave them to his disciples to distribute to the people, and they did so. 7 They had a few small fish as well; he gave thanks for them also and told the disciples to distribute them. 8 The people ate and were satisfied. Afterward the disciples picked up seven basketfuls of broken pieces that were left over.
9 About four thousand were present. After he had sent them away, 10 he got into the boat with his disciples and went to the region of Dalmanutha.
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これは、イエス・キリストが、集まった4千人の群衆にパンと魚を食べさせたときの情景です。7つのパンと少しの魚を、イエスがいつの間にか増大させ、多くの群衆が食べて満腹したという話しです。これも、イエスの起こした奇跡として、よく知られている。
今では物品の引き寄せとして、イエスが霊的にパンや魚をどこかから引き寄せたという解釈もなされている。或いは、人々が隠し持っていたパンや魚を出したという解釈もある。それをイエスが、群衆に自発的に差し出させたという考えです。水上を歩いたり、病人を癒し、死人を蘇らせたり、飢えた群衆を食べさせたりというイエス・キリストが行った多くの奇跡の中でも、スケールの大きな奇跡の1つです。まさに、「人間には不可能であっても、神にはできないことはない」というイエスの言葉通りです。
つまり、イエス・キリストの一行は、人々から食べ物を与えてもらわなくても、イエスの超能力で食べ物を得ることができたのです。しかし、イエスに助けてもらった人は、イエスを食事に誘い共に食事をするということを選んだのです。イエス・キリストの一行は飢えることはなかったのです。
だから、イエスがイスラエルの王になれば、ユダヤ人は誰も飢えることはなかった。イエスは、ユダヤ人の全てを食べさせることができたのです。しかし、イエスは人々にまず神様への信仰をもつことを教えたのです。神様への正しい信仰があれば、食べ物など生活に必要なものは全て神様によって与えられるというのが、イエスの教えなのです。
しかし、人々は信仰心によって救われるのではなく、カネの力で救われることを選び、その状況が2千年間続いている。これが、人類の歴史なのです。
アダムとイヴの時代以前には、人々は神様への強い信仰心を持っており、食べ物に困ることはなかったというのが、18世紀の神秘家のスウェーデンボルグの説明です。しかし、人々は信仰を失い、神様の力に頼るのではなく、自分の力や物質文明の力に頼り、カネの力で問題を解決するようになり、人間の霊的能力も失われていったとされている。
実際に、食べ物を無から取り出すことができれば、誰もあくせく働く必要はない。ブッダは、人々の間を乞食をして回り、食物を得ていたというが、ブッダよりイエス・キリストの方が大きな超能力を持っていたことになる。ブッダは、真理を人々に説いて、その礼として食物を得ていたのだが、イエスは真理を教えると共に、食物まで人々に与えることができたのです。
これは、神様への信仰心がもつ力の大きさを人々に教える例です。今の世の中でも、問題は全カネで解決できるとの考えが広まっているが、信仰者は問題はカネではなく、神様への信仰心で解決しようとして生きている。実際に、この2千年間、イエスの教えに従って生きてきた信者がイエスの教えを伝えることができたから、今もキリスト教が存在しているのです。
この2千年間に、キリスト教国が食糧不足で亡んだという例はない。特に、キリスト教国のヨーロッパからアメリカ大陸に移住した人々は、農業大綱のアメリカで食料に不足することはなかった。アメリカは、まさに天国のような豊かな国になったのです。
しかし、悪魔はアメリカにも入り込み、アメリカの文化、政治、経済はカネの力によって翻弄されている。そのアメリカが主導する世界自体も、問題にあふれている。アメリカ人が、カネの力ではなく、信仰の力に頼って文明を発展させるべきだったのです。ローマのヴァチカンも物質主義に溺れる世界に信仰の威力を見せるところまでは行っていない。だから、2度もヨーロッパで世界大戦が生じたのです。
従って、日本人がその霊性を伸ばして、イエス・キリストの教えに従って、カネより信仰の力で問題を解決できることを世界に示すべきなのです。