2026年8月30日日曜日

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった (ヨハネによる福音書 第 1 章) (In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.)

 

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
2 この言は初めに神と共にあった。
3 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
4 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
5 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。(ヨハネによる福音書 第 1 章)

1 In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God. 2 He was with God in the beginning. 3 Through him all things were made; without him nothing was made that has been made. 4 In him was life, and that life was the light of all mankind. 5 The light shines in the darkness, and the darkness has not overcome it.
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これが、聖書で有名な「初めに言(ことば)があった」という箇所です。

キリスト教徒でない日本の霊能者の多くも、この言葉から霊感を得ている。特に、この聖書の表現は、神道関係の霊能者は、日本の神道が重んじる「言霊」の重要視と同じものだと考えている。

そのような日本の霊能者は、「あ」「い」「う」「え」「お」の一つ一つの音に霊的な意味を考えている。これは、母音を重んじる日本語には有効な考えであり、子音を重んじるヨーロッパ語の人間とは異なる。また、音の高低を重んじる中国語とも異なる。ヘブライ語では、「神」と言う言葉の母音は文字にせずに、子音だけで「神」という文字をつづり、「エホバ」や「ヤーウェ」などという発音を許している。

言葉を発することは、人類の成立の条件になっており、言葉を発するという行為が人間の霊性のカギとなっている。仏教では意味が分からなくても、お経を音を出して読めば、人間の精神を浄化すると考えており、神道の祝詞も日本語の音で日本人の精神に微妙な霊的な影響を与える。キリスト教でも、グレゴリア聖歌などは、日本人がラテン語が分からなくても、霊的な響きは理解できる。

江戸時代には、「素読」といって、意味が分からなくても儒教の「論語」を呼んで、日本人は幼少から脳の訓練をしていた。言葉は人類の文化の核心なのです。これは、中国から来た漢字を日本式に訓読で読んで、日本の霊性を中国文明から守ったという見方にも通じる。

欧米では、「話し言葉」が文化の中心となっているが、日本人はさらに、複雑な文字文化で文化を高め、「書き言葉」中心の文化を作り、その影響で日本人の文化程度は世界に類を見ない高さを誇っている。だから、日本人は欧米人以外でユダヤ人につぐ知的能力を示し、ノーベル賞の授賞者の数に現れている。世界の文字文化の中でも、日本語を凌ぐものはない。

欧米のキリスト教中心の世界文化の中で、非欧米人で日本人ほど高い文化能力を示した民族はいない。ただし、ユダヤ人は各国に散らばり、民族としてはキリスト教文化の中でも最高の地位を占めている。だから、宇宙人から見れば、人類を代表する宗教はキリスト教だとしても、人類を代表する民族はユダヤ人になる。そして、ユダヤ人が多く活躍するアメリカが、人類を代表する国になる。ただし、人類を代表する霊的な能力は、日本人にあると思われる。日本人ほど、人類全体の宗教を理解できる国民はない。それだけに、日本人には、なおさら宗教的な謙虚さが求められる。世界からどんな人間が日本に来ても、宗教的に受け入れられていると感じて、安心するのが普通です。

実際、今の人類を代表するのは、英語とヘブライ語を話すアメリカのユダヤ人になり、英語とラテン語を文化の基礎として来たヨーロッパ系のアメリカ人をリードしている。日本語は母音重視のヘブライ語と似た点があり、古代ユダヤ人の文化との親近性も認められる。日本の神道系の研究者の中には、古代に日本人とユダヤ人につがりがあったと考える者もいる。日本の古代の「秦氏」などは、古代のイスラエルから流れて来たユダヤの失われた部族の1つに関係するという考えもあり、空海が始めた真言宗も当時の中国の「唐」で流行したキリスト教の一派(ネストリウス派、景教)の影響があるという説もある。また、イエス・キリストの日本への渡来説や、古代ユダヤ人の四国への渡来説など、日本にユダヤ人への親近感もある。

なお、戦後、アメリカのキリスト教精神で書かれた現・日本国憲法は、英語の翻訳調だから日本語にはなじまない、という説があるが、キリスト教自体が日本語に翻訳されても意味が失われない宗教であることから、日本人がさらにキリスト教の理解を深めるまでは、現・憲法の精神を重んじて保持すべきだということになる。(ただし、現・憲法に、日本語らしい修正条項を追加するのは、問題ないと思われる。)

世界史的に見れば、現在の日本を成立させたのは、戦後に造られた現・憲法という「言葉」なのです。ただし、戦争で現・憲法を勝ち取ったのではなく、神様の憐みにより、キリスト教国のアメリカを通して与えられたのが現・憲法であり、天皇家とは関係ない。ここが、日本人の理解が求められる点です。

霊的には、人間の音声は、呼吸という生命活動の基本に根ざしており、まさに人間の生命を生かすものであり、寒冷地の人間が冷気を呼吸して子音重視の発音になるが、温帯の日本やイスラエルでは、熱帯の人類のように開放的な母音の中心の言語になって、より霊的な表現ができるということになる。(子音中心の発音は、より動物的な音になる、という説もある。)

現在では、コンピュータによる合成音がAIの発展と共に使われているが、生命活動のないコンピュータには、霊的な力がないので人間という霊的な存在を凌駕し、霊界の神様につながることはできない、コンピュータという機械は、機械独特の霊はあるが、人間の霊力に追いつくことはない。つまり、AIは究極的には信用できない。(それに、機械は必ず故障する。機械独特の危険性にも注意すべきです。)人間は、できる限り機械文明、物質文明から遠ざかり、霊性を重んじる生き方をすべきです。(縄文時代の精神が、日本人には重要です。)

この世の基本は、神の言葉であり、その意味を解釈するのは、人間の心であり、人間の心が神の言葉を通して世界を動かしていると言ってもよい。

霊的なキリスト教を理解するために、聖書を学ぶ必要が、世界を主導する使命のある日本人には存在するのです。