2026年8月23日日曜日

「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ」 (ルカによる福音書 第 6 章) “Blessed are you who are poor."

 

20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。
22 人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
23 その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
24 しかしあなたがた富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっているからである。
25 あなたがた今満腹している人たちは、わざわいだ。飢えるようになるからである。あなたがた今笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからである。
26 人が皆あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ。彼らの祖先も、にせ預言者たちに対して同じことをしたのである。 (ルカによる福音書 第 6 章)

20 Looking at his disciples, he said:
“Blessed are you who are poor,
for yours is the kingdom of God.
21 Blessed are you who hunger now,
for you will be satisfied.
Blessed are you who weep now,
for you will laugh.
22 Blessed are you when people hate you,
when they exclude you and insult you
and reject your name as evil,
because of the Son of Man.
23 “Rejoice in that day and leap for joy, because great is your reward in heaven. For that is how their ancestors treated the prophets.
24 “But woe to you who are rich,
for you have already received your comfort.
25 Woe to you who are well fed now,
for you will go hungry.
Woe to you who laugh now,
for you will mourn and weep.
26 Woe to you when everyone speaks well of you,
for that is how their ancestors treated the false prophets.
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これは、聖書で有名な「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ」という言葉です。
これを「心の貧しさ」について述べた言葉だという説もあるが、いづれにしても、「貧しい者」に対するなぐさめの言葉です。

物質的に貧しい者は、心も貧しくなるのが普通だからです。彼らは心を豊かにするものを手にれることができず、心も貧しくなる。

全ての宗教で、「貧しさ」を賛美する言葉を明確に示したのはキリスト教の聖書だけだと言ってよい。これは、聖書が物質的な豊かさを危険視していることを示す。物質的な豊かさは、カネによって得られる。従って、これはカネを拒絶せよということになる。

人間は物質的な豊かさを求め、物質的な幸福を求める。そして、精神的な向上や霊的な浄化を軽んじる。また、そのような豊かさを手に入れれば、人間の精神は腐敗し、堕落する。それは、神様を軽んじる心に通じる。

また、「人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは」幸いだと述べ、弟子は悪魔から攻撃を受けるが、そのとき、天使たちから祝福を受け、神様が助けてくれると述べている。

他方、「富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっているから」だと述べ、富裕な人々は、天使から助けを得られないことを述べている。重要なのは、心であり、物質的な豊かさは、精神的な幸福を遠ざけるのです。

また、「笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになる」と述べて、幸福な生活をしている人間に警告を与えている。

そして、「人が皆あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ」と述べ、物質的な幸福を求める世の中で、人気者になり、称賛を得ることは、精神的で霊的な称賛を意味しないと述べている。

要するに、悪魔の影響下の世の中では、人々は物質的な豊かさを求め、物質的な幸福を求め、物質的な成功を求めるが、それは精神的で霊的な人間性の充実を阻害し、人間性を堕落させ、腐敗させるものだと述べておられるのです。

人間が、精神的に充実しなければ、真の幸福は得られない、また、神様の教えに従って、愛と真実を得なければ、心から満足することはない。カネの力で問題を解決しても、心の満足は得られない。真の問題の解決は、人間の心を満足させるものでなければならない。

物質への愛は、貧しい隣人への愛を奪い、社会的な幸福は、貧しい隣人を無視する心を生み、利己的な成功は他人を無視する。そのような心は、愛のない社会を作り、最後は人間を不幸にする。

だから、この世の幸福や成功を求めてはならない、という教えに通じる。つまり、この世の価値観は、神様によって否定されるのです。物質的な貧しさが、精神的で霊的な豊かさに通じるのです。

キリスト教は、この世の幸福を与えるものではなく、この世の成功を保証するものではないのです。ただ、精神的で霊的な自由を与え、真実の幸福に近づけるものなのです。だから、本質的にキリスト教会がカネを集める必要はないし、寄付を求めることもないのです。

従って、キリスト教は、本来、「貧者の宗教」であり、物質的な貧しさを賛美するものなのです。だから、この世のエリートや富裕層には受け入れられないものなのです。悪魔の助けで成功することは、人間の幸福には通じない。

それでも、世界中でキリスト教が普及していることは、この原則的な教えが、人々の真の幸福につながるものであることを証明しているのです。