2026年8月29日土曜日

「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」 (ルカによる福音書 第 7 章) (“I tell you, I have not found such great faith even in Israel.”)


イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰ってこられた。
2 ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。
3 この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした。
4 彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。
5 わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。
6 そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
7 それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。
8 わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
9 イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
10 使にきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。 (ルカによる福音書 第 7 章)

7 When Jesus had finished saying all this to the people who were listening, he entered Capernaum. 2 There a centurion’s servant, whom his master valued highly, was sick and about to die. 3 The centurion heard of Jesus and sent some elders of the Jews to him, asking him to come and heal his servant. 4 When they came to Jesus, they pleaded earnestly with him, “This man deserves to have you do this, 5 because he loves our nation and has built our synagogue.” 6 So Jesus went with them.

He was not far from the house when the centurion sent friends to say to him: “Lord, don’t trouble yourself, for I do not deserve to have you come under my roof. 7 That is why I did not even consider myself worthy to come to you. But say the word, and my servant will be healed. 8 For I myself am a man under authority, with soldiers under me. I tell this one, ‘Go,’ and he goes; and that one, ‘Come,’ and he comes. I say to my servant, ‘Do this,’ and he does it.”

9 When Jesus heard this, he was amazed at him, and turning to the crowd following him, he said, “I tell you, I have not found such great faith even in Israel.” 10 Then the men who had been sent returned to the house and found the servant well.
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これは、イエス・キリストが、ローマ軍の将校(百卒長)の僕(しもべ)が病気になったときに、その将校が神様への信仰心があることに気が付いて、その僕の病を癒したときの話です。

イエスは、「これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」と述べて、このローマ軍の将校の信仰心をほめ、その信仰心のゆえに、彼の召し使いが癒されたという話しです。

つまり、神様への信仰心はユダヤ人に限らず、人類に共通の問題だということを明らかにされたのです。

Wikipediaによれば。「ローマ人は、紀元前6世紀から ギリシアの影響を受けて、ローマ古来の神々をギリシア神話の神々と同一視する、いわゆる「ギリシア語への翻訳」が行われた。その結果、下記の「主な神々」の欄に記したように、ローマ固有の神に対応するギリシアの神が決まっていったのである。さらに、ギリシア神話の物語を積極的にローマ神話へ取り入れたため、ローマ神話はギリシア神話と密接な関係を持つようになった」と、ローマ人の信仰について述べている。

ユダヤ人とは異なった宗教観を持っていたローマ人であったが、宗教を超えた神様への信仰心を、イエスが重視していたのが分かる。

この世は一つであるように、死後の世界の霊界も1つであり、全ての死者の魂は、死後、霊界に入るというのが、当時のユダヤ人やイエス・キリストの考えであったことが分かる。当然、これは日本人にも当てはまる。日本人が、神道や仏教の神仏を信仰していたとしても、死後の世界は霊界だという考えは同じです。そして、全霊界を支配しているのが、万物の創造主である神様だというのが、ユダヤ・キリスト教であり、この創造主の下に多くの霊が存在し、仏教や神道の神仏もそのような大霊だと考えるのが正しい。キリスト教では、聖霊や天使、聖者や信徒の霊が霊界にいることになる。

仏教の菩薩や阿弥陀、ブッダやヒンズー教の神の上に、全霊界を支配する神様がおられるという考えは仏教徒やヒンズー教徒にとっては、受け入れがたいが、霊界の存在を認めれば、そこを支配する最高神の存在を認めるべきです。

また、八百万(やおろず)の神を認める日本の神道でも、Wikipedia によれば、「造化の始めとなったのは天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神であり、万物の祖はイザナギ・イザナミであると観念されている」と記されている。全ての事物に神と言う超越的な存在の影響を認めるということは、その上の支配者である万物の創造主を認めることになる。そのような神の呼び名は異なっていても、この世と霊界の支配者の神様という考えは受け入れられる。

つまり、民族によって神の呼び名や概念が異なっていても、この世の存在を認めるように、死後の霊界の存在を認めるのが人類の共通意識であり、そのような世界を支配する存在として、万物の創造主を認めるのが自然なのです。

そういう意味で、イエス・キリストは、支配者のローマ人の軍人にも神様への信仰心がって当然と考えられた。そして、神様への信仰心という点では、ユダヤ人もローマ人も同じだと考えられたのです。

実際、死後の霊界から見れば、この世は万物の創造主が霊的エネルギーで、霊界から造られたものだということが分かる。霊界の下の物質界に生きる人類が、分断されて共通の神概念を持てないというのは霊界から見れば未熟だということになる。

また、現代の物質文明は民族にかかわらず受け入れらており、その効果を発揮し、全人類が共通の経済観念で統一されているように、全人類も共通の神概念や宗教意識を持ってもおかしくない。

実際、カネという悪魔を人類は共通して崇めているように、万物の創造主の神様を崇めるのが正しい生き方なのです。しかし、悪魔の影響下の人間界では、人間は悪魔の化身のカネを求め、カネや富を崇拝している。この物質文明は、正しくない。だから、人類はカネや富の崇拝をやめて、本来の自然に表れる万物の粗造主の神様への信仰に立ち返るべきなのです。

民族の違いや、その歴史と文化の中で、それぞれ固有の神概念や宗教が生まれて来たが、今の世界経済がカネで支配され、共通の経済システムで支配されているように、神という概念に対して、全人類は共通の考えを持ち、この世と霊界に対して正しい考えをもつべきなのです。

世界の全ての宗教のうちで、人類を代表する宗教に最も近いのが、歴史が示すように、現在の世界文明の主流のキリスト教なのです。この世と霊界の創造主を神様と認めるのが、自然なのです。そのキリスト教がユダヤ人のユダヤ教から発展し、神様がイエス・キリストというユダヤ人の姿をとって現れたことを信じるのがキリスト教なのです。

人類が、霊界の下の物質界の中の人間界の存在であることを認め、霊界を含めた万物の創造主である神様を学ぶのが現在の日本人の義務になる。この万物の創造主の神様を誰が作られたのか、その上に何があるのか、また、どのように神様が生まれたのは、人間の能力では考えることはできないが、そのようなこの世や霊界を超えた力を謙虚に認めるのが、人間として正しい姿なのです。

その第一歩を、ユダヤ・キリスト教を認めることから始めるべきなのです。

この広大な宇宙には、異なる宗教をもった宇宙人もいるだろうが、彼らも万物の創造主の下にいることは間違いない。地球の人類が正しい宇宙観に基づいて、正しく神様に従っていれば、宇宙人やUFOを恐れることもないのです。神差への信仰は宇宙で共通のものなのです。