毎年、日本では100万人以上が死んでいる。毎日3千人近くが死んでいる。死亡時の年齢は男が85歳、女が92歳が最も多い。しかし、死んでからこの世に帰って来た者はいないと言われる。ただし、あの世や霊界、生まれ変わりを信じる人もいる。だからと言って、死を恐れない人はいない。そして、この死後の問題を専門に研究する大学や学者は、ほとんどいない。それでも、宗教団体は繁栄し、国民の間ではスピリチュアルな問題への関心は高い。
一般的には、あの世や霊界は、この世とは関係ない、たとえ霊界があってもこの世で幸福になることが大事だと考えるのが常識になっている。つまらないことを考えずに、カネ儲けを考えろ、ということになる。しかし、このような考え方は間違っている。
実際に生きている人間が住む世界は物質文明の中だが、この物質文明は過去のさまざまな人間の活動の結果です。過去の歴史があって、現在の世の中が存在する。目先の利益、カネを求める人間は、過去の歴史なんか関係ない、と考える。目先の欲望、生活の必要性に駆られて、社会の過去の歴史など考えない。だから、正しい判断ができないで人間は間違う、社会に問題が生じる、人類全体も何度も危機に瀕する。
なぜ、人間は目先の利益に縛られ、カネを求めるのかと言えば、この世ではカネがなければ、どんな酷い目に合うかも分からない、という恐怖感がある。死後のことより、この世の幸福が大事だと皆、考える。死後のことは、死んでから考えよう、ということになる。富裕層やエリートが貧乏人に対して、どれだけ冷酷になるかを皆、知っている。カネがなければ自分を守れない、という恐怖感がある。
しかし、これに対してイエス・キリストは、「人を殺しても、それ以上のことはできない者を恐れるな、死後にあなたの魂を亡ぼすことのできる神様を恐れよ」と述べておられる。
この言葉を理解するには、やはり、あの世や霊界の存在を知る必要がある。人間は死後も魂と心は霊界で生き続けることを知っておく必要がある。このことを教えるのが宗教であり、真面目な信者は皆、あの世や霊界の存在を信じている。それに加えて、死後善人は天国に受け容れられ、悪人は地獄に行くことを信じるのが真面目な信者です。このことは、キリスト教でも仏教や神道などでも変わらない。
しかし、悪魔の影響下にある世界では、この世で富裕層やエリートになっても、死後の天国/地獄には関係ない、この世でカネを儲けて幸福になり、あの世でも、この世のようにうまく立ち回れば天国に入れるとの考えが主流になる。おまけに、悪魔は、この世ではカネがないと酷い目に合うぞと脅す。たいていの人間は、この悪魔の教えに洗脳される。ファチマなどに出現した聖母マリアによれば、90%の人間は死後、地獄に行くと思われる。
聖書によれば、死後、地獄に落ちた金持ちが、「まだ生きている家族に、死後は地獄に落ちるぞ」との警告を与えてくれ、と神様に頼むが、神様は、「もう警告は十分に与えられている、それでも富を捨てない人間には、あらためて何も言う必要はない」と答える場面が描かれている。どんなに真理を教えられても、悪魔に魂を売って富や地位を求める人間は悔い改めない、ということです。
だから、死後、行き返って生きている人間に警告を与える死者はいないのです。皆、大部分は地獄で苦しんでおり、また天国に入った魂は天国での幸福に浸り、神様の教え通りに、生きている人間への干渉などはしない。臨死体験をした人間は、霊界の入り口に行くだけであり、その先の天国と地獄の分かれ目までは行っていないので、霊界の素晴らしさだけを見て息を吹き返す。そして、「霊界は美しい、地獄などない」と語る。つまり、「いくらこの世でカネ儲けをしても、素晴らしい霊界に行ける」と考える。
しかし、この世では悪魔に魂を売らなければ、1円でも儲けることはできない。イエス・キリストの言葉に従っていれば、カネ儲けはできない、従って、この世の幸福は得られないと誰もが考える。これが大人の知恵だと得意がっている人間もいる。
だから、毎年100万人が死んでも、生きている人間は悪魔に魂を売ってカネ儲けをしようとする。
しかし、日本には清貧生活の教えというものがある。悪魔に魂を売らずに質素な生活をすれば、自分の魂は救われるということを本能的に信じる人がいる。この霊性が日本の全ての宗教の基本となっている。そして、イエス・キリストも「神様の教えを信じ、貧乏な隣人を助ければ天国に入れる」と教えている。本来のキリスト教は、日本の伝統的な清貧の教えと一致している。
今の日本では、政府も新聞もテレビも、ネットもカネ儲けの促進を行っている。宗教団体もカネに頼り、カネを追求している。だから、悪魔に魂を売ってでも、カネを儲けようという人間ばかりになり、死後は地獄に落ちても生き返ることは神様が許されない。もはや、必要なことは全て人間に教えらているからです。
なお、スピリチャリズムや心霊主義では、人間は修行をするために生まれ変わるという考え方があるが、その修行とは、悪魔に魂を売らない生き方をする、ということです。仏陀は、悪魔に魂を売らずに生きて行く方法を教えたが、今の仏教はその精神を理解していない。しかし、聖書では明確に「金持ちは天国に入れない」と述べている。このイエス・キリストの言葉だけで十分なのです。それでも、今の教会はこの教えを強調しない。寺院にも教会にも悪魔が入り込んでいるのです。ましてや、会社や役所は悪魔で一杯だと言える。
それでも、日本の伝統の清貧主義やキリスト教の聖書に従って生きれば、たとえこの世では貧困に苦しんでも、死後は天国で幸福が得られるのです・・・