2018年2月19日月曜日

ユニークな日本

2017年のノーベル賞には日本国籍者は一人も出なかったが、日本系のイギリス人が文学賞を受賞した。1901年からの国別上位授賞者数は次のようになっている。
(1)アメリカ265人、(2)イギリス84人、(3)ドイツ81人、(4)フランス51人、(5)ロシア34人、(6)スエーデン29人、(7)日本 25人、(8)オランダ18人、(9)イタリア17人、(9)スイス17人。

この中で、非欧米、非キリスト教国は日本だけ。欧米はギリシア・ローマ文明の伝統とキリスト教の伝統によって近代文明の発祥の地になっている。現在の世界の主流は欧米発の文明であり、エジプトやインド、中国の伝統ではない。それを可能にした精神文化の核はユダヤ・キリスト教だ。ニュートンは聖書研究者でもあり、アインシュタインはユダヤ人だった。旧約聖書、新約聖書を2000年間読んできたキリスト教徒(ユダヤ教徒)が産業革命を起こし、近代科学・技術を発展させることができたわけだ。

他方、エジプトのピラミッドを4600年間見ていても、インドの哲学書を3000年間読んでいても、中国の仏典や論語を2500年間読んでいても近代文明は生み出せない。しかし、日本はその西欧文明に伍すことができた。そのカギとなるような聖典は日本にあったのかということになる。

そもそも、1万年以上続いた縄文時代の土器芸術に象徴される古代日本人の芸術性が鍵となったのかも知れない。あるいは、現在も日本全国に存在する8万以上の神社が象徴するような民族の霊性が基盤になったのかも知れない。あるいは、聖徳太子以来の仏教の伝統が日本人の知的水準を高めていたのは間違いない。そして、日本書紀や古事記が日本人の精神性に与えた影響、万葉集が日本人の文化性に与えた影響は我々が思っているより大きかったかも知れない。


しかし、最も大きかったのはこの日本列島の風土的な恩恵と、海外からの侵略には合わなかったという歴史的な安定性が大きい。その中で縄文以来の霊性、精神性、文化性が発揮されたことになる。そして、ユニークな日本という国、日本人ができあがった。その象徴としての天皇家には意味があるが、もっと基本的には富士山や桜の花が日本のユニークさの象徴だということになる。あるいは、正月などを祝う風習自体が象徴だ。

2018年2月10日土曜日

末法思想、最後の審判、そして日本

日本は何と言っても(世間的には)仏教国だが、仏教には末法思想というのがある。今では誰も真剣に論じないが。

「大乗仏教には歴史観として、未来を含めて歴史を三段階で分ける考えがあった。正法五百年、像法千年、末法万年といい、正法は仏陀の死後五百年でその教えが正しく実行されている時代、次の像法千年は教えは守られているが、それを実行し悟りを開くことが困難な時代(像とは似ているという意味)で、末法は仏陀の教えが行われなくなる時代であるという」(http://www.y-history.net/appendix/wh0302-060_4.html)

仏陀は紀元前500年頃の人だから、キリストが生まれるころまでは正法だったことになりる。そして、次の1000年が過ぎる頃というのが日本の平安時代の末期になる。テレビでよく取り上げられる、この時代の陰陽道などもこの影響にある。

「日本では1052年が末法入りと考えられ、源信の『往生要集』が著され、源平の争乱から鎌倉幕府への転換はそのような乱世の表れと捉えられた。念仏によって極楽往生を願う浄土信仰はさらに鎌倉仏教のなかに、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、一遍(時宗)という宗派を生み出し、進化を重ねていく」(同)

「三時または五箇の五百歳は『大集経』に説かれる。
「大覚世尊、月蔵菩薩に対して未来の時を定め給えり。所謂我が滅度の後の五百歳の中には解脱堅固、次の五百年には禅定堅固已上一千年、次の五百年には読誦多聞堅固、次の五百年には多造塔寺堅固已上二千年、次の五百年には我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%B3%95)ともされており、この場合西暦1500年以降に末法となる。実際、日本では同じ時期に戦国時代になり、まさに末法の時代に入る。しかし、1549年にはザビエルが来日する。同じころ鉄砲も到来し、戦国の統一が進む。ただ、それから500年経っても、世界も日本も滅びていない。

しかし、この500年間はキリスト教が世界に布教した時代でもあった。日本も末法の世にザビエルが現れて、仏教の支配する世界からキリスト教の影響を受けた時代に入った。ザビエル(信長・秀吉)=>鎖国(江戸時代)=>開国(明治維新)=>西洋化(戦前)=>キリスト教化(戦後)、という流れだ。戦後のキリスト教化はアメリカ文明の受容という形を取っている。

一方、仏教はまだ名目的、儀式的に日本人の宗教ということになっているが、社会システムへの影響力はない。そういう意味では仏教は日本文明の宗教ではなくなった、ということになる。

しかし、キリスト教の影響が、ある意味で隠された影響だから、仏教との摩擦は少ない。いや、日本人の霊性には、縄文の精神、神道の精神、仏教の精神というように階層性が見られる。その一番上に、現憲法の精神でもあるアメリカ・キリスト教の精神がある。そして、世界の主流のキリスト教とはどこかでつながっている。ザビエル来日以来日本も、複雑ではあるが、キリスト教世界の影響の下に移行したと言える。

そして、世界の主流のキリスト教では「最後の審判」という思想がある。特に、キリスト自体が「世の終わり」という考えに基づいた説教をしている。これは、実際にキリストの死後、30年経ってユダヤ戦争が起き、パレスチナはローマ軍によって直接支配されるようになり、エルサレムの神殿も破壊され、ユダヤ人の離散をもたらした。

ユダヤ戦争前と後ではユダヤ教は変わる。神殿を中心とした宗教から、ユダヤ教の聖書を中心とした宗教に代わる。要するに古いユダヤ教は亡び、新しいユダヤ教が生まれた。これは、まさにそれまでのユダヤ教徒にとっては「世の終わり」なのだ。キリストの「世の終わり」とは、このユダヤ戦争のことを意味していたと思われる。「ローマ帝国によるエルサレム破壊は近い。だから、もっと神に帰依せよ」という代わりに「世の終わりが近いから、悔い改めよ」と説教したのだ。キリストは「私はイスラエルに遣わされた」と言っているから、「古いユダヤ教の終末」が「世の終わり」だった。

つまり、キリストの予言は成就したということになる。しかし、その後、2000年もキリスト教徒はこのことが理解できず、「世の終わりというのは難解だ」と考えてきた。また、ニュートンのように旧約聖書に基づいて、この世の終わりの日を計算した人もいる。

さらに、キリストは「私は雲に乗って再びこの世にやってくる」とも予言している。こちらの予言はまだ成就していない。しかし、20世紀になってさまざまなキリスト時代の遺物が発見され(死海文書、ナグ・ハマディ文書、当時の骨箱、トリノの聖骸布の調査など)、また、ファティマの予言やマラキの予言、イスラエルの建国などキリスト教の周辺に重要な出来事が起こっている。何がでてきても不思議はないような状況だ。


仏教では終わったはずの21世紀の世界で、今、イスラム教世界の動きが注目される時代になった。世界はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教について新たな考えをもつべき時代になったのではないだろうか。同じ神を敬いながら異なる宗教が永遠に分離されているということは考えらない。特に、アブラハムからキリストまでが2000年、キリストから現在までが2000年。何かが起きてもおかしくない。

2018年2月5日月曜日

日本文化の優秀性を支える文学

日本人の優秀性はノーベル賞の受賞者数にも表れている。
1位 アメリカ 352人  (2016年まで)
2
位 イギリス 119
3
位 ドイツ  82
4
位 フランス 58
5
位 スウェーデン 32
6
位 日本   23
7
位 スイス  22
8
位 ロシア・ソビエト連邦 20
9
位 オランダ 17
10
位 イタリア 14

これは、科学技術だけでなく、日本文化全体の優秀性を表している。また、日本の国情が中国やインドなどより安定していたことも意味する。ただ、日本語の特殊性と文化の孤立性から文学関係は国際的に余り評価がない。俳句は国際的に高い評価を得ていますが、カズオ・イシグロも英国に帰化して成功した。

産業革命を始めたイギリスもシェークスピアのような文学的伝統があって科学技術は花開いた。日本の技術・経済の発展も文学に支えられていたと言える。文化レベルを象徴する文学を振り返ってみると、例えば、ネットのサイトなどでは次のような例がある。

日本の名作小説おすすめランキング
1位:日本人に愛されている!夏目漱石作品
2位:リズムを感じる!宮沢賢治作品
3位:作品に苦悩がにじむ!芥川龍之介作品
4位:生き様も無頼!?太宰治作品
5位:直木賞唯一の辞退者!山本周五郎作品
6位:日本人初のノーベル文学賞!川端康成作品
7位:悲劇の闘士!三島由紀夫作品
8位:軍医のちに小説家!森鴎外作品
9位:耽美の極み!谷崎潤一郎作品

あるいは、日本の近代・現代の十大小説として、
愛の不可能性―夏目漱石『明暗』
女の孤独と聖性―有島武郎『或る女』
故郷と山と狂気―島崎藤村『夜明け前』
愛と超越の世界―志賀直哉『暗夜行路』
四季をめぐる円環の時間―谷崎潤一郎『細雪』
愛と戦争の構図―野上弥生子『迷路』
根源へ向う強靱な思惟―武田泰淳『富士』
暗黒と罪の意識―福永武彦『死の島』
人間の悲惨と栄光―大岡昇平『レイテ戦記』
魂の文学の誕生―大江健三郎『燃えあがる緑の木』

紫式部の源氏物語が日本人の知性にどのような影響を及ぼしたのかは分からないが、万葉集が日本文化の基礎にあることは間違いない。あるいは鎌倉時代の方丈記、鎌倉末期の徒然草などは今の日本人にも理解できる感性が現れているし、日本の文化性も示している。

海外では、近代10大小説では、
1 ヘンリー・フィールディング、トム・ジョーンズ、イギリス1749年
2 ジェイン・オースティン、高慢と偏見、イギリス1813年
3スタンダール、 赤と黒、フランス1830年
4オノレ・ド・バルザック、ゴリオ爺さん、フランス1834年〜1835年
5チャールズ・ディッケンズ、デイヴィッド・コパフィールド、イギリス1849年〜1850年
6ギュスターヴ・フロベール、ボヴァリー夫人、フランス        1856年
7ハーマン・メルヴィル、 白鯨、アメリカ    1851年
8エミリー・ブロンテ、嵐が丘、イギリス    1847年
9フョードル・ドストエフスキー、カラマーゾフの兄弟、ロシア           1879年
10レフ・トルストイ、戦争と平和、ロシア  1865年〜1869年
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%8D%81%E5%A4%A7%E5%B0%8F%E8%AA%AC)

英国、フランス、アメリカ、ロシアといった大国がノミネートされている。しかし、ドイツではゲーテ、イタリアにはダンテ、スペインにはセルバンデスがいる。大国は文学によって大国なのだ。カフカやプルーストというユダヤ人もいる。

しかし、最大の物語は聖書のイエス・キリストの言行録だ。日本最大の作家、夏目漱石にもキリスト教は何らかの影響を及ぼしているはずだ。欧米では、旧約・新約の聖書の物語が決定的な影響を及ぼしている。


逆に、欧米の文学、そして、文明を理解するには聖書の研究が不可欠だ。それが明治以降きちんと行われていれば、太平洋戦争もなかったかも知れない。

2018年1月30日火曜日

日本の歴史の本質

「ヒストリアイ」というのは人類初のヘロドトスの歴史書のことだが、日本の歴史は世界の中でどう位置にあるか。人類全体でどのような位置を占めるかという観点も重要だ。

ローカルな日本の話だけに終わっては余り役に立たない。そのような歴史観はむしろ、日本の針路をあやまたせ、大変な悲劇をもたらす可能性がある。世界的に、ということは、欧米中心にということだ。キリスト教文明が世界の主流になった以上、その世界文明の中で日本はどう位置付けられているか、その存在意義は何なのかということだ。

欧米中心のキリスト教文明の前に、アジアでの日本はどうなのかということも大事だ。インド、中国という古代文明発祥の地から遠く離れて、その文明・文化を一方的に受容してきた日本はアジアでも大きな存在ではなかったが、中国の支配からは無縁であったということが大きな特徴だ。東南アジアはインド発の仏教、ヒンドゥー教、そして、アラブ発のイスラム教の影響によって独自性が希薄になったが、日本は仏教は中国経由で受け入れ、中国の道教も間接的に神道に反映されただけで、日本の独自の文化性は保持された。朝鮮が全面的に中国の儒教文化の影響を受けたのとは大きな違いがある。要するに、アジアでも日本はインド、中国の2大文明圏に対して独自性を維持していた。

西暦1500年頃にヨーロッパの世界進出が始まり、アメリカが発見され、世界中がヨーロッパのキリスト教国の植民地になった頃から日本の独自性が現れてきた。

インドや中国はヨーロッパ勢力に屈していくが、日本は切支丹受容、切支丹反発、鎖国、そして、アメリカの黒船に屈して開国、西洋化、近代化へと突っ走る。世界的に日本の存在の意義が明らかになるのはこの頃からだ。日露戦争に勝って、白人勢力に抑えられていた他のアジア民族に希望を与え、第二次大戦では結果としてヨーロッパ勢力を東アジアから追い出し植民地の民族独立に火をつけ、戦後は世界第二の経済大国となってG7で唯一の非白人国となった。この日本の影響で中国などアジアの近代化が進み経済も発達した。明らかに日本のおかげでアジア、アフリカ諸国はヨーロッパ諸国に対抗する経済力を得て、世界もリベラル・多様性の尊重など、ヨーロッパ・キリスト教文化以外の価値観を認めるようになった。アメリカの黒人の社会進出もこの影響の延長線上にある。まさに日本は20世紀の世界のために準備されていた国だということになる。


しかし、世界的には神は何のためにユダヤ民族を存在させているのかということが鍵だ。特にキリスト教が成立した後も、なぜユダヤ教徒は存続するのか、何のために4000年も生き残っているのかということは大きな謎だ。

2018年1月25日木曜日

歴史に見る日本の危機

日本の文明の発端は後期旧石器時代の黒曜石や縄文時代の土器というよりは、紀元前4~2世紀に埋められたとされる銅鐸だ。しかし、銅鐸は朝鮮又は中国南部からもたらされた。銅鐸は弥生時代のアジア大陸との交流を象徴しているが、明らかに日本の社会に階層の文化をもたらした象徴的祭器である。

紀元1世紀頃は稲作技術と共に銅鐸を伝えた渡来人が日本の中に入り込み、縄文以来の平等な日本の社会にとっては危機が生じていたかもしれない。次いで、朝鮮の白村江での唐・新羅との戦いの7世紀、そして元寇の13世紀、ヨーロッパからの宣教師と背後のカトリック勢力に対する警戒から徳川幕府が鎖国を行った17世紀、黒船に対する危機感から開国した19世紀、そして、アメリカ・英国などの包囲網に対する危機感から第二次大戦に参戦した20世紀と日本の社会は海外との関係において定期的に危機を迎えていた。

しかも、その間隔は銅鐸から白村江の戦いまで800年以上、白村江から元寇まで600年、元寇から鎖国まで400年、鎖国から開国まで200年、開国から太平洋戦争まで100年と間隔が縮まってる。今では、もう20~10年単位で米ソ冷戦、日米金融戦争、中国との冷戦、北朝鮮の核・ミサイルなど日本は海外からのさまざまな脅威に直面してる。

しかし、日本人も座して海外からの脅威を待っているわけではない。バブル崩壊後、中国などの海外の安い労働力を求めた日本企業の海外での展開が顕著になっている。2017年の 財務省の発表によれば、日本の政府や企業、個人投資家が海外に持つ資産から負債を 差し引いた平成28年末時点の対外純資産残高が349兆1120億円となり、日本は平成3年から26年連続で世界最大の債権国となっている。

こうなると、もはや世界の危機が日本の危機になり、孤立した日本独自の危機というものは無意味になる。金融界では既に1990年代からグローバル化が達成され日本もそのプレイヤーとなり、米国発のリーマンショックで日本でも自民党政権が倒れ民主党への政権交代が起きた。しかし、民主党の政治家にはセンスも能力もなく国政に混乱をもたらした。

安倍政権が支持されているのは国際金融の研究に基づいたアベノミクスの成果だが、国際的な八方美人を演じているだけでは将来の国際的な危機には備えられない。


ただ、人類的な観点からは本当の危機は西暦2600か3200年になると考えられるから、まだ人類自体に余裕がある。それでも、今が大きな節目なのは間違いない。イスラム地域や中国が歴史的な使命感を持っていないだけに、日本人の自覚が重要だ。

2018年1月13日土曜日

天皇家とアメリカの影響

日本史、最大の謎は天皇家だ。なぜ、天皇家が2000年近くも続いたのか、そもそも、なぜ神武天皇が日本のトップに立てたのか、これが最大の謎。

1万年続いた縄文時代には天皇家はなかった。これは常識だ。しかし、弥生時代から古墳時代になるころに天皇家、大和朝廷が成立したのも事実。初期の稲作時代、銅鐸時代には明らかに天皇家の影響はない。しかし、銅鐸が埋められ、銅鏡・古墳時代になると中央集権体制が現れてくる。銅鐸も大陸・半島から伝わったものだが、銅鏡・古墳も大陸・半島の影響にある。ということは、天皇家も半島・大陸と関係があったと考えらる。九州の一部族がたまたま奈良に出てきたというのではない。大陸・半島の文化を背景に、縄文時代から脱したばかりの日本で勢力を拡大したと考えられる。

つまり、旧石器時代から脱して、縄文になり、弥生になったばかりの日本に、中国大陸の文化を背景に日本を制圧したと考えらる。中国では紀元前200年頃に秦帝国ができている。その後の戦乱時代に中国から逃れて、半島、日本にわたった一族、或いは、徐福の末裔なら当時としては進んだ文化的背景を持っている。そして、圧倒的な文化力・武器などで当時の日本の穀倉地帯、奈良盆地を制圧した。これが天皇家の始祖であると考えられる。

その後も朝廷は、半島の進んだ文化をもつ百済と密接な関係を保ち、他の豪族を文化的に圧倒する。白村江の戦いにわざわざ出兵して唐と戦わねばならなかったほど、天皇家と百済は密接な関係があった。しかし、敗戦後は朝鮮との関係を断ち、日本書紀・古事記で日本の独自性を主張する。そのときは、国内では天皇家の文化力による優越性は確立していた。

第二次大戦後、日本が180度国策を変更して親米になったのも、アメリカの圧倒的な国力・文化力にさらされた結果だ。明治維新の西洋化・近代化努力では追いつけなかった圧倒的なアメリカの科学・技術・文化力の前に、天皇家ですら親米一辺倒になった。今の日本の国情はまだこの延長上にある。しかし、まだ文化的にはユダヤ・キリスト教文化に追いつけないのに、それをベースとした憲法を改正するという危険な動きも出ている。

世界的には、なぜローマ帝国にキリスト教が普及したのかが根本的問題だが、やはり、キリスト教には圧倒的な魅力があったということだ。他の宗教とは格段に優れたメリットがあった。しかし、その意味を正しく理解している学者は少ない。


物事は圧倒的な差異によって動き、新しい秩序が打ち立てられる。参考までに言えば、物の違いが分からない人間はリーダーになるべきではない、させるべきでもない。

2018年1月2日火曜日

神の前では人間は平等

民主主義というのは神学に支えられている。バチカンでも法皇は枢機卿の投票によって選ばれる。人間は皆、神の前に平等である、従って、誰でもリーダーに立候補する権利があると考える。しかし、また誰にでもリーダーを選ぶ資格がある。よって、自由立候補、自由投票が正しいと考えられる。

しかし、古代にはギリシアやローマの共和制の例があるが、もっぱら優れた指導者に部族、国家の運命を託すのが最良であると考えられることが多かった。ユダヤ人ではまず部族の長であるアブラハムなどがリーダーになりました。そして、その子供たちに神の恵みが現れるとその権威は確立する。しかし、モーゼのように神が特別に選ばれる者もリーダーになる。キリストはリーダーとして神によって選ばれ、モハメットも神によって選ばれる。

バチカンはキリストが選んだペテロを初代法皇として成立された。しかし、その後、神が直接法皇を選ぶことはなかった。イスラムの世界でも、モハメットの後継者は神が選ぶことはなく、人間に委ねられた。これは、むしろ神の人間世界への介入については、民主主義は関係ないということだろう。神が人間の主人であるという考え方によれば、神が誰を選ぶのも勝手だということになる。

最初は優れた人間が王になっても、その子孫が優れた人間とは限らない。社会の発展とともに優劣の差もなくなる。ヨーロッパでもアジアでも王制は廃止され、或いは、形骸化し象徴的存在になる。しかし、選挙が万能ではないことはヒットラーの例などでも明らかだ。それでも、アメリカなどのように選挙プロセスを厳しいものとし、半端な人間は生き残れないようなシステムにするのが最善だということになる。

支配者グループの一員、又は、その代理人が選挙でも優位を占める。現代ではそのような候補者のイメージ作りを専門とする組織もある。政治・経済の支配グループがメディアを駆使して有力な候補者を作り上げる。それでも、民意を得ようとする以上、民主主義の統制下にある。中国のような非民主主義体制でも民意は最重要な因子だ。


しかし、古代イスラエルでは宗教知識、宗教儀式を独占した祭司や律法学者が人々に君臨する。神の名において絶対的な独裁をふるう。これが最悪だ。宗教も洗脳の一種だと言えるが、商業主義も人々を洗脳する。大金持ちのトランプがアメリカ大統領になり、アベノミクスを売り物にする安倍首相が信任されるのは要注意だ。