2026年10月8日木曜日

こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた (ヨハネによる福音書 第 11 章) (Jesus called in a loud voice, “Lazarus, come out!”)


33 イエスは、彼女が泣き、また、彼女と一緒にきたユダヤ人たちも泣いているのをごらんになり、激しく感動し、また心を騒がせ、そして言われた、
34 「彼をどこに置いたのか」。彼らはイエスに言った、「主よ、きて、ごらん下さい」。
35 イエスは涙を流された。
36 するとユダヤ人たちは言った、「ああ、なんと彼を愛しておられたことか」。
37 しかし、彼らのある人たちは言った、「あの盲人の目をあけたこの人でも、ラザロを死なせないようには、できなかったのか」。
38 イエスはまた激しく感動して、墓にはいられた。それは洞穴であって、そこに石がはめてあった。
39 イエスは言われた、「石を取りのけなさい」。死んだラザロの姉妹マルタが言った、「主よ、もう臭くなっております。四日もたっていますから」。
40 イエスは彼女に言われた、「もし信じるなら神の栄光を見るであろうと、あなたに言ったではないか」。
41 人々は石を取りのけた。すると、イエスは目を天にむけて言われた、「父よ、わたしの願いをお聞き下さったことを感謝します。
42 あなたがいつでもわたしの願いを聞きいれて下さることを、よく知っています。しかし、こう申しますのは、そばに立っている人々に、あなたがわたしをつかわされたことを、信じさせるためであります」。
43 こう言いながら、大声で「ラザロよ、出てきなさい」と呼ばわれた。
44 すると、死人は手足を布でまかれ、顔も顔おおいで包まれたまま、出てきた。イエスは人々に言われた、「彼をほどいてやって、帰らせなさい」。
45 マリヤのところにきて、イエスのなさったことを見た多くのユダヤ人たちは、イエスを信じた。(ヨハネによる福音書 第 11 章)

33 When Jesus saw her weeping, and the Jews who had come along with her also weeping, he was deeply moved in spirit and troubled. 34 “Where have you laid him?” he asked.
“Come and see, Lord,” they replied.
35 Jesus wept.
36 Then the Jews said, “See how he loved him!”
37 But some of them said, “Could not he who opened the eyes of the blind man have kept this man from dying?”
Jesus Raises Lazarus From the Dead
38 Jesus, once more deeply moved, came to the tomb. It was a cave with a stone laid across the entrance. 39 “Take away the stone,” he said.
“But, Lord,” said Martha, the sister of the dead man, “by this time there is a bad odor, for he has been there four days.”
40 Then Jesus said, “Did I not tell you that if you believe, you will see the glory of God?”
41 So they took away the stone. Then Jesus looked up and said, “Father, I thank you that you have heard me. 42 I knew that you always hear me, but I said this for the benefit of the people standing here, that they may believe that you sent me.”
43 When he had said this, Jesus called in a loud voice, “Lazarus, come out!” 44 The dead man came out, his hands and feet wrapped with strips of linen, and a cloth around his face.
and feet wrapped with strips of linen, and a cloth around his face.
Jesus said to them, “Take off the grave clothes and let him go.”
45 Therefore many of the Jews who had come to visit Mary, and had seen what Jesus did, believed in him.
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これは、「ラザロの復活」と呼ばれる、イエス・キリストがラザロを死から生き返らせた情景です。

AIでは、「ラザロの復活は、ヨハネによる福音書11章に書かれています。ラザロは、マルタとマリアの兄弟で、ベタニアに住んでいました。イエスは病気の知らせを受けたあと現地へ向かい、すでにラザロが死んで4日たっていた場面で墓に行きます (jw.org)」と説明され、また、「イエスは墓の前で石を取りのけさせ、神に祈ったあと、ラザロに出て来るよう呼びかけました。すると、ラザロは墓から出て来ました。これが一般にラザロの復活と呼ばれる出来事です (jw.org)」とされている。

そして、「この出来事の中で、イエスはマルタに対して、自分が復活と命に関わる存在であることを示します。また、この奇跡を見て信じる人が出た一方で、宗教指導者たちがイエスをさらに警戒する流れにもつながります (bible.com)」と述べて、イエスの悲劇に向かう第一歩となったとされている。

死んだ人間が蘇るということは、稀に起こる。医学的に、まだ、完全に死んでいないのに、死だと判断される場合がある。また、短い時間、心肺停止状態にあっても、再び再起動する場合がある。そういう、臨死体験を経験する人間もいる。

立花隆などは臨死体験を研究して、本を書き、NHKでも特集されたことがある。アメリカでは、レイモンド・ムーディ(医学・哲学博士)の研究が有名です。要するに、肉体の死は、単純に判断できるものではない。また、肉体の死後に魂が肉体を離れて、自分の死体を見下ろすようになり、その時の記憶を持って生き返る人もいる。これは、脳死の判断とも関係する。

Wikipediaによれば、「ムーディは、心停止など臨床的に死に臨みながら生還した150人からの聴取と研究により、人間は死に臨んで一般的に以下の9つの経験があると結論付けた。
奇妙な音を聴く。
表現しようのない安らぎと無痛感。
体外離脱体験。
暗いトンネルを通って行く感じ。
天に上っていく感じ。
しばしば死んでいる親類に出会う。
神のような精神的な存在との遭遇。
生涯の回想。
肉体への回帰。」と解説されている。

また、アメリカのキューブラー=ロスも死に臨む人々の心理状態を研究している。

彼らの研究によれば、死は無に至るプロセスではなく、人間の魂が肉体を離れる現象だということです。ムーディは、死者の魂を呼び出す実験までしている。日本でも、青森県の恐山には女性霊媒師のイタコと呼ばれる人々がおり、死者と遺族が会話できるようにしている。欧米でも交霊会と呼ばれる、死者の魂を呼び寄せる人の集まりがある。

しかし、イエスは死者の魂を呼び寄せたのではなく、肉体ごと生きかえらせたという点で、重要です。

つまり、死者を蘇らせる力のあるイエスを殺害しても、イエスが自分自身を生き返らせれば、それは、無駄な試みだということになる。

十字架の刑でイエスを殺しても、イエスはやがて生き返ることが、このラザロの復活で予想できたのです。しかし、イエスに反発する悪魔はそれでも、イエス殺害の試みをやめなかった。たとえ、無駄でも、神様やイエス・キリストに対する嫌がらせになると悪魔は考えたのだろう。

このように、死者を蘇らせる力をもっていた人物として、イエス・キリストを捉えれば、福音書の物語りは、単純になる。また、人間は肉体が死んでも魂は、永遠に生きることを誰もが納得していれば、死を恐れたり、宗教にすがったりする必要もなくなる。人間の文化も大きな影響を受ける。

ただし、死者の霊は自由にこの世に現れるわけではない。霊媒と呼ばれる恐山のイタコのような霊媒(霊能者)が必要なことになる。魂は心という現象を通して現れるので、霊媒という霊能者の心を借りて死者の魂が現れることになる。

それでも、霊媒を介さずに、死者の霊が生きた遺族などに出現することもある。その例が幽霊です。霊界とこの世の関係については、まだ、詳しいことは解明されていない。だから、宗教や精神的な修行が必要とされる。そして、多くの文学作品や芸術の主題となっている。そのような問題を研究するのが、心霊学です。

近代で心霊研究で有名なのは、探偵ホームズの物語りを書いた英国人のコナン・ドイルです。ドイルは、心霊の知識を普及させるために世界を旅したことで有名です。

また、生きながら死後の霊界を見ることを、イエス・キリストの霊によって許されたという18世紀の霊能者のスウェーデンボルグの著作も有名です。日本では、9世紀初頭(平安時代初期)に成立した日本最古の仏教説話集の「日本霊異記」などで生と死の関係が描かれている。また、20世紀には俳優の丹波哲郎が霊界を論じた本を多く出版し、死後の世界を話題にした。

いづれにしても、死に対する恐怖心が人々を宗教に向かわせて来たが、仏教のブッダは、死後のことは語らないという姿勢であり、儒教の孔子も霊的なことは論じないという姿勢だった。しかし、日本人の精神的な伝統では、死後の世界を求める心があり、その伝統に道教や仏教が乗って、日本人の精神生活が造られてきた。先祖の霊を崇めるというのが、日本人の伝統なのです。

キリスト教は、明確に霊界を認め、人の死後は魂は霊界の天国や地獄に入ると認めている。しかし、近代科学の発展と共に、科学では証明されない死後の世界は否定されるようになり、宗教は無意味だとの考えも広がり、人々は物質的な考えにこだわって霊的な問題をなおざりにするようになり、欧米でもキリスト教を離れる人間が続出している。聖書の話も理解されなくなっている。

とにかく、死後の世界があることを人々が認めれば、この世の生にこだわることもなくなる。物質的に無欲になって生きる人は増えると思われる。しかし、悪魔はそのような人を迷わせ、物欲を煽って欲を追求させ、その人の魂を悪魔に売らせる。

そういう、悪魔の悪意と戦うことが、イエス・キリストの教えになる。

とにかく、イエス・キリストは死をも克服する力(霊的な力)を持っておられたことを信じるのが、霊的なキリスト教なのです。