2026年9月19日土曜日

「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」 (マタイによる福音書 第 19 章) (it is easier for a camel to go through the eye of a needle than for someone who is rich to enter the kingdom of God”)



16 すると、ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。
17 イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。もし命に入りたいと思うなら、いましめを守りなさい」。
18 彼は言った、「どのいましめですか」。イエスは言われた、「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。
19 父と母とを敬え』。また『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』」。
20 この青年はイエスに言った、「それはみな守ってきました。ほかに何が足りないのでしょう」。
21 イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
22 この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。
23 それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。
24 また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。
25 弟子たちはこれを聞いて非常に驚いて言った、「では、だれが救われることができるのだろう」。 (マタイによる福音書 第 19 章)

16 Just then a man came up to Jesus and asked, “Teacher, what good thing must I do to get eternal life?”

17 “Why do you ask me about what is good?” Jesus replied. “There is only One who is good. If you want to enter life, keep the commandments.”

18 “Which ones?” he inquired.

Jesus replied, “‘You shall not murder, you shall not commit adultery, you shall not steal, you shall not give false testimony, 19 honor your father and mother,’[c] and ‘love your neighbor as yourself.’[d]”

20 “All these I have kept,” the young man said. “What do I still lack?”

21 Jesus answered, “If you want to be perfect, go, sell your possessions and give to the poor, and you will have treasure in heaven. Then come, follow me.”

22 When the young man heard this, he went away sad, because he had great wealth.

23 Then Jesus said to his disciples, “Truly I tell you, it is hard for someone who is rich to enter the kingdom of heaven. 24 Again I tell you, it is easier for a camel to go through the eye of a needle than for someone who is rich to enter the kingdom of God.”

25 When the disciples heard this, they were greatly astonished and asked, “Who then can be saved?”
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これは、「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」という良く知られたイエス・キリストの言葉の出典です。

この言葉は、明確に、富に対するイエスの警戒を表しています。悪魔の影響下のこの世では、カネや富を多く持って、自分の欲望を満たすことで幸福を得られると考える人は多い。つまり、拝金主義がはびこっている。それを否定したのがイエスの教えなのです。

金持ちになれば、この世で幸福になれる。富はこの世に天国をもたらす、と考えるのが、この世の常識です。それが、神様の教えに反しているとイエス・キリストは教えているのです。つまり、清貧生活の称賛です。

また、イエスは救いを求める青年に対して、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう」と述べたが、その青年は金持ちだったので、「この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った」と聖書は述べている。この世に生きる人は、普通、富やカネを捨てられない。従って、「天に宝を持つ」ことはできない、というのがイエスの教えなのです。これは、本当は革命的な教えなのです。つまり、「カネより神様」を求めるべきだというのが、イエス・キリストの教えなのです。

この世の富を捨てて生きるには、強い信仰心を持って、神様の言葉を追求しなければならない。だから、イエスは「人は神と富に兼ね仕えることはできない。神を選ぶか、富を選ぶか、どちらかだ」と述べて、人間は神様を選ばなければならないことを明確に述べておられる。世界の宗教で、このようにこの世の富を否定した宗教は他にない。キリスト教が一番、信用できるのは、この点にかかっている。

実際、この世で生きながら死後の霊界を見てきた18世紀の神秘家のスウェーデンボルグや現代の臨死体験者によれば、霊界ではカネは無用です。霊界では、想念が全てをもたらすので、念じれば全ての富を得られる。しかし、全ての霊が富のもたらすものを得ることができるので、霊界では貧富の差がなくなる。

霊界では、他の霊に対する優越感を求める心と支配欲がけが剥き出しになる。隣人愛のない心がむき出しになる。この世での、富を求める心の本質が明らかになる。つまり、悪魔の支配を求める心がむき出しになり、そのような魂は霊界の天国には受け入れられない。

つまり、この世で富の力で幸福にった人間は、霊界の天国には入れない。この世で、富の力で成功した人間、有名になった人間は、全てあの世で天国には入れない。だから、ラクダが針の穴を通るより、金持ちが天国に入るのは難しいとイエス・キリストは教えておられるのです。

彼らは、このような神様の愛と信仰と善の光に耐えられず、霊界の闇に移動する。そこは悪魔が支配する地獄です。この世のエリートや富裕層は、霊界の地獄で、皆、悪魔の奴隷になる。だから、生きながら死後の霊界を見ることを、イエス・キリストから許されたスエーデンボルグは、地獄で、生きている間は富裕層やエリートであった多くの人間の霊を見ている。また、この世で宗教家や聖職者であった人間にも会っている。

逆に、生きている間に、素直に神様の教えに従って生きた貧しい人は、「宝を天国に積んだ」ことになり、霊界で満足を得られ、魂は救われる。この意味で、キリスト教は貧者の宗教であり、清貧生活を讃えるものなのです。このような主張をする宗教は他にはない。

日本の仏教でも、悟りを得るには、欲を捨てて精神生活をし、厳しい修行に耐えなければならないと教えている。しかし、真実の悟りとは、この世は悪魔の影響下にあり、悪魔の化身がカネであり、拝金主義は悪魔教だということです。富を持てば、持つだけ、人の心は神様の教えから遠ざかる。それを理解するのが悟りなのです。

さらに、富を愛するよりも、悪を愛する心を持つ人間がいる。愛よりも憎しみを愛する人間もいる。これは、狂った人間の魂であり、それだけ、悪魔に魂を売った人間の姿です。富やカネは彼らにとって、神様に対する憎しみを表す小道具なのです。このように、人間が本来持つ自然な宗教心を憎むのが悪魔であり、或いは、その追随者や召し使い、手下、奴隷なのです。

だから、本質的に富やカネで幸福にはなれないのです。悪魔は、神様が生んだ人間を苦しめて喜ぶ。だから、カネを与えてこの世で幸福にした人間も、霊界では苦しめて喜ぶ。悪魔は神様に勝てないことを知っているからこそ、神様が造られた人間を苦しめて喜ぶ。それは、悪魔に魂を売って、生きている間に幸福になった人間も、死後は、悪魔に苦しめられることを意味する。悪魔は、自分に従う者も、そうでない者も、人間である限り、死後の霊界では苦しめようとする。

だから、神様の子のイエス・キリストは、人間に物質的な幸福を求めて、悪魔に魂を売るなと教えておられるのです。

また、聖母マリアは、余りに多くの人間の魂が地獄に行くのを悲しんで、この世に霊体で現れて、人間に警告を発してられる。これが、今も世界各地で見られる聖母マリアの出現なのです。

聖書は、このように、神様と悪魔の関係を理解しなければ、理解できない。単なる、道徳を書いた書物ではない、

全知全能にして、全善なる神様は、人間が悪魔の罠から逃れて、清貧生活を送り、愛と真理と善を愛することを命じておられるのです。これを信じるのが、霊的な「真実のキリスト教」なのです。