2026年9月19日土曜日

「燭台の上に置いて、はいって来る人たちに光が見えるようにするのである」 (ルカによる福音書 第 8 章) (they put it on a stand, so that those who come in can see the light)


16 だれもあかりをともして、それを何かの器でおおいかぶせたり、寝台の下に置いたりはしない。燭台の上に置いて、はいって来る人たちに光が見えるようにするのである。
17 隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない。
18 だから、どう聞くかに注意するがよい。持っている人は更に与えられ、持っていない人は、持っていると思っているものまでも、取り上げられるであろう」。 (ルカによる福音書 第 8 章)

16 “No one lights a lamp and hides it in a clay jar or puts it under a bed. Instead, they put it on a stand, so that those who come in can see the light. 17 For there is nothing hidden that will not be disclosed, and nothing concealed that will not be known or brought out into the open. 18 Therefore consider carefully how you listen. Whoever has will be given more; whoever does not have, even what they think they have will be taken from them.”
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これも、有名なイエス・キリストの教えです。「持っている人は更に与えられ、持っていない人は、持っていると思っているものまでも、取り上げられる」というのは、単にこのよの法則のようなものではなく、信仰心のことを述べておられるのです。

真の信仰心を持った者は、さらに信仰心を高める機会を与えられ、ますます信仰心を強めることになるが、表面だけの信仰心しかない者は、その小さな信仰心を失うような誘惑などに会って、さらに信仰心が小さくなる、という意味です。

この世的には、ある思想を持てば、さらにその考えを強めるような機会に恵まれ、ある方向性を持って生きてゆけば、さらに、その方向に推し進めるような機会に出会うということを意味するが、心がその方向から外れれば、ますますその方向への執着心がなくなるということを意味する。

また、「秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない」とは、政治的な陰謀論や社会的な事件の暴露を肯定するかのような言葉です。日本語でも、「火のない所に、煙は出ない」と言いますが、隠し事はいつかは、人々に知られるということです。また、UFO問題などでも、アメリカ当局によるUFOの隠蔽工作のディスクロージャ活動とも関係する。真実は、いずれ明らかになるはずです。(UFO問題についいては、アメリカのアルテミス計画で明らかになると期待されている。)

そういう隠された真実を暴くのが、ジャーナリストや報道機関の役割であり、民主主義の社会では、重要な役割を担っている。報道関係者は社会のエリートだという考えもこころから生じている。

また、個人が社会の眼から隠れて、人に言えないようなことをやっていても、いずれは明るみに出されるという社会的な法則もある。「全てのひとを永久に騙すことはできないし、同時に誰をも全て騙すことはできない」という法則もある。真実を見抜く人は、どこかにいるものであり、「人の口に壁は立てられない」という言葉もあり。「裸の王様」のたとえ話にように、王様が裸であることを少年が見抜いて公言したように、真実はいつかは人々に知られるのです。

宗教の教祖が、私生活では堕落した生活を送り、寄付金などを毎日、数えるような生活をしていれば、霊能力も薄れ、いかがわしい噂が立ち、信者はやがて離れていく。

イエス・キリストが伝道生活に入ってからは、毎日24時間、弟子たちが身近にいて、イエスの私生活も監視していて、イエスには秘密がなかったので、新約聖書の福音書はイエスの真実の姿を記していると考えられる。それは、超能力者・霊能力者としてのイエス・キリストの姿なのです。

「だれもあかりをともして、それを何かの器でおおいかぶせたり、寝台の下に置いたりはしない」というのは、神様から霊的能力を与えられた者は、社会で誰にも知られず生きてゆくのではなく、必ず、人々を救うために、神様から与えられた力を世の中で発揮するということを意味する。

だから、貧しい大工であったイエスも、神様から与えられた癒しの力などを使って、人々を救い始められたのです。

また、欧米のキリスト教社会では、過去2千年にわたって、キリスト研究が行われており、隠されていたイエスやキリスト教にかかわる事実が多く発見されている。このような、知的な伝統がヨーロッパ文化のレベルの高さを生み出したものであり、東洋や日本には見られないヨーロッパ文化の進歩をもたらしたのです。

日本の神道や仏教は文明を高めるというよりも、日本人の感性を深める働きをして、ヨーロッパ文化とは異なる方向を向いていたが、宗教者の修業の内容や、日本の霊性の内容は、宗教関係者だけでなく、幅広く一般人にも知られるようになっている。

まさに、精神世界でも「秘密にされているもので、ついには知られ、明るみに出されないものはない」ということです。

だから、キリスト教の探求や研究もつきることはない。(これは、仏教や神道でも同じです。)

ただし、個人の秘密や個人情報を握って脅迫をするようなことは、今の社会でも認められていない。イエスの言う秘密の顕在化と個人情報の保護は、別問題です。なお、誰も知らない社会の秘密を知ることで、優越感に浸る人もいるが、それを公にすることで公共の福祉と安全を促進できるのであれば、イエスの言葉に従って、無償で開示すべきであり、そうでないなら、社会の安定のために秘密は守るべきです。