2024年5月30日木曜日

この世は、科学を超えた霊界から生じ、善悪は霊界でも意味がある!

 


現代科学では、この世(物質界、宇宙)は、原初的なエネルギー(真空のエネルギー)が爆発して生じたとされている。そのエネルギーから、全ての原子や分子が出来たとされている。

しかし、極微の物質世界の観測からは、量子効果と呼ばれれる科学の常識を超えた多くの現象が報告されている。また、光速不変の原理や、アインシュタインのエネルギー方程式(E=MC^2)の解釈、宇宙のダークマターやダークエネルギーの存在の解釈も定まっていない。科学者は、宇宙の始まりの前には、虚数の時間があったという、半分狂った理論まで打ち建てている。物質界の理論は、物質界に先立つ霊界には通用しないと考えるべきです。

つまり、物質世界は科学的な解釈を超えたところで成立している。他方、精神世界や意識/心の問題も物質的に完全な解釈はできていない。要するに、物質界と精神界のいずれも現代の科学では完全に解明できていない。

しかし、現代の科学・技術の世界は、欧米のキリスト教が基盤であり、キリスト教は人類最高の霊能者のイエス・キリストの教えが基盤になっている。そのイエス・キリストは物質界の上に霊界が存在することを当然としている。霊界の存在を認める欧米のキリスト教文化から、現在の科学・技術を基盤とする物質文明が生まれたことは意義が深い。

他方、日本でも物質界の向こうに霊界の存在を信じる宗教家、霊能者も多い。天皇家の権威も天皇神道に支えられている。日本の発展も、霊性を認める神道を基盤としている

要するに、この物質界/人間界は霊界のエネルギーから生み出されたと考えるのが自然なのです。しかし、この世の向こうに霊界が存在すると知っても、人間が救われるわけではない。死後の世界が存在すると信じても、この世で救われるとは限らない。霊界を見る能力がある霊能者が人々を救えるわけではない。超能力者や霊能者が全て善人だというわけでもない。

実際に、霊的な存在としては悪霊や悪魔が存在する。神と悪魔の戦い、善と悪の戦いは霊界でも行われている。ここに、善悪を問題としない心霊主義の限界がある。霊能者の全てが、イエス・キリストや仏陀のように、悪霊や悪魔と戦っているわけではない。悪魔と結びついた霊能力のある「いんちき宗教者」を警戒せよと、イエス・キリストは述べている。

それでも、この世、物質界、人間界は霊界から生じたと考えるのが、人間が救われる第一歩なのです。イエス・キリストも霊界や天国の存在を強調している。その上で、人間の魂の救いを考えるのが本当の宗教だというこいとになる。

霊界や霊の存在を知っても、悪人は善人にはならない。しかし、この世の苦労は死後の霊界、天国で報われると知ることで救われる善人は多い。つまり、霊の問題、生死の問題よりも、善悪の問題が優先するのです。ここに、イエス・キリストの教えの鍵がある

つまり、真理は単純で、悪人は死後、地獄に行き、善人は死後、天国で救われるということです。そして、善人であることは、清貧生活をしていることで証明されるのです。

そして、イエス・キリストは霊能力で人々の病をいやし、悪霊に憑りつかれた精神をいやして人々を救ったが、カネを人々に配って救ったわけではないことの意味を考えるべきです。イエス・キリストの教えに従えば、清貧生活を送ることで、この世で救われることになる。そして、その救いは、死後も霊界で有効だということです。

つまり、この世は、科学を超えた霊界から生じ、善悪は霊界でも意味があるのです!